小説 川崎サイト

 

狐火

 

 狐火が出るというので、妖怪博士は担当編集者と出かけた。
 昔なら、そこは田んぼばかりのところで、一本の小川が流れている。広い川ではない。水量も少なく、水がないときもある。そんなのどかなところだが、今は宅地が増え、昔とは景観が違っている。
 そして狐火は江戸時代にも目撃されており、それなりに有名。諸国の怪しい話を纏めた本に入っているためだろう。それで見学に来る人もいたらしい。
 だが、最近は出ない。ただ、そういう報告がないだけかもしれない。それを受け取ってくれる場所がないのだろう。それで、妖怪博士などが書いている雑誌が、受け皿になっており。不思議な話などが寄せられていた。
 ただ、その地の狐火、ネット上でも噂はない。ネタが小さいためだろう。チマチマとした光が動いているだけ。火の玉というよりも怪光、あやし火。人魂ではない。
 狐火が出る小川の土手を妖怪博士は歩いている。車は入れない。
「この先は何処に出るのかな」
「この土手ではありませんが、並行して街道が走っていました。その行き先は仲村寺です。丁度山の取っかかりにあります」
「じゃ、その山からこの川が来ているのだな」
「そうです」
「仲村寺と何処を結んでいたのだろう」
「国道から、ここに来たでしょ。そのあたりから仲村道として、昔からあったらしのです。仲村寺参りの道です」
「よく調べておるなあ」
「プロですから」
「プロ?」
「な、何か」
「いや、いい。しかし、今回は張り切っておるようだが、何かわけがあるかね」
「いえ、楽そうな取材ですから」
「そうじゃな。妖怪や化け物が出て怖い目に合う話じゃなく、火の玉が浮かんでいるだけだからな」
「少し退屈ですが」
「で、この時間かな、狐火が出るのは」
「そうです。日が沈んで少し立ってから始まるようです」
「花火大会だな」
「はい、狐火大会ですが、地味です。そのあたり狐火だらけになるわけではなく、ポツンポツンと浮かぶ程度ですから」
 住宅が建ったためか、その街明かりや街灯で川が何となく見える。
「小豆洗いがいそうな小川じゃな。手頃だ」
「それはまた別の機会にしましょう。それに一度やりましたから」
「狐火だけだと、本当に地味じゃ」
「はい」
「で、この先の仲村寺は何の寺だ。仲村道まであるのじゃから、人気があったのだろ」
「今もあります。この道を通る人はいませんが」
「何に効くのじゃ」
「安産」
「ああ、なるほど。需要があるのう」
「まあそれだけではなく、近在の人がただの寺参りで来ていたとか言います。安産とは関係なく。物見遊山です。門前に市が立ちますし、色々な物売りが店を出してますし、買い物にもいいのでしょう」
「よう調べておる」
「いえいえ、プロですから」
 二人は土手をしばらく歩いたのだが、狐火など出ない。
「分かっていたことじゃが、万が一というのがある」
「ないと思いますよ博士」
「そうか。こういうものは狙っても出ぬのじゃろ」
「昔の目撃談もそんな感じです」
「じゃ、駄目じゃないか。出ると思いながら見ていたのでは出ぬのは当然」
「そうですねえ」
「では、忘れよう。狐火のことを」
「はい、そうしましょう」
 しかし、そこを歩いているのは狐火だけを見るためなので、忘れるはずがない。やはり狐火狐火と、頭の中で浮かび上がる。頭の中では狐火は出ているのだが、目の前には出ていない。
「また、嘘を書かないと駄目か」
「お願いします。それらしきものを見たと」
「あるか」
「その先の外灯。ぼんやりしていて小さいので、あれにしましょう」
「じゃ、見間違えただけじゃないか」
「あれが狐火だったのかもしれないと言うことで」
「分かった」
「しかし、何故狐火なんでしょうねえ」
「キツネの仕業にするためじゃよ」
「どうしてなんでしょう」
「ああ、キツネの仕業かで済むからじゃ」
 
   了



 


2023年7月6日

 

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