小説 川崎サイト

 

優れたもの

 

 非力なもの。頼りないもの。本格的ではないもの。甘く見られ、舐められているもの。そしてあまり相手にされず、話題にもならないもの。
 こういうのは世の中にゴロゴロ転がっているので、珍しくはない。
 だが、果たしてその評価は正しいのだろうか。確かに劣ったもので、より優れたものと比べると、これは駄目なものだが、意外とよく使われていたりする。しかも日常的に。
 あまり優れていないので、使いやすいのかもしれない。また、大層なことをやるわけではないので、そのレベルでも充分。逆に使い切っていないかもしれない。まだまだ余裕があり、力を引き出せるとか。
 柴田は優れたものを求めていたのだが、反対側へ行ってみた。優れているのはそのもので、柴田ではない。むしろ柴田よりも優れたものばかり。ここが一寸辛かったようで、身の丈に合っていないので、居心地が悪かったり、難解だったりする。そこまで難しいことを求めていないのに。
 これは道具だけは立派なものを持っている職人のイメージで、逆に力量と比例しないものを持っている方が恥ずかしいかもしれない。ただ、優れたものなので、本人の実力以上のことができるが。
 弘法筆を選ばずと言うが、選んでいるだろう。選ばないことを選んでいるのだ。柴田はそんな屁理屈を呟いた。
 しかし、屁は理屈を言うのだろうか。そうではなく、屁のような理屈を鳴らすのだろう。
 柴田は筆を選び過ぎていたのではないかと、少し反省する。ただ、筆を探すのは好きだ。筆で字を書くよりも、その筆先の感触がいい。硯もそうだ。墨の濃淡もそうだ。これは文字とは関係はないが、そこに絵にも言えぬ快感が来る。
 しかし、柴田は絵は書かないが。それに習字も習ったことはない。ただ、絵筆を使うのは好き。
 音の鳴るものなら何でも好きな人もいる。柴田にはそれはないが、手先を動かすのは好きだ。ただ楽器は苦手なようだ。もっと実用的なことがいいらしい。
 といって手先が器用なわけではない。これはただの手慰みではないかと思われる。
 さて、優れたものを追いかけるのをやめて、逆方向へ向かったのだが、そちらは既に通った道。しかし、逆方法に進むのは初めて。後ろ向きに後退しているのではなく、体は後方を向いており、前ヘ進んでいる。以前通過した道だが、見るものが変わる。同じ道であり、同じ沿道風景でも、角度が違うためだ。
 そこで柴田は、一寸新鮮な気分になる。それらは優れたものではないが、よく見ていなかったのだ。
 以前はサッと通過し、次へ次へと進んでいたが、見落としが多いことに気付く。
 優れたものよりも、いい面などが見えたりした。
 それは軽い気持ちで接したときで、その気持ちが重くなると、すっと消えてしまうらしい。
 
   了

 



 


2023年7月8日

 

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