小説 川崎サイト

 

妖怪窟

 

「妖怪窟?」
「そういう洞窟がこのあたりにあると聞きましたので」
「小倉岩屋のことじゃろ」
「そこだと思います」
「世間では妖怪窟と呼んでおるのは知ってるが、まあ、その通りかもしれんのう」
「妖怪の住処でしょうか」
「行者が出たり入ったりしておる」
「その洞窟にですね」
「雨が入ってこない程度の浅い岩穴じゃ。奥は掘ったのじゃろう。入口は岩の裂け目で、奥の方が広い」
「行場だったのですか」
「ややこしい奴が勝手に出入りしておるだけ」
「小倉にあるのですね」
「小倉山と渋山の間の狭い谷だ。見晴らしも悪い」
「そこに妖怪が」
「岩屋に籠もっておるだけ」
「妖怪が」
「人じゃ。だからややこしい奴が中に入り込んで、何やらやっておる。しかし、続かんと見えて、それほど長くはおらん。すると、また別の奴がやってきて、同じようなことをしておる」
「瞑想とか」
「お経や祝詞が聞こえることもある。その声が薄気味悪くてのう」
「どういう人達なのですか」
「さあ、どこから来て、何処へ行くのかはしらんが、常人ではない。たまに里に顔を出す。食べるものを求めてな」
「仙人じゃないので、松の葉だけじゃ無理でしょうからね」
「顔付きが違う。喋り方も」
「異国の人でしょうか」
「いや、顔付きがおかしい」
「行者なので、そんなものでしょ。人の顔でしょ」
「そうじゃが、ちと違う。気味の悪い顔付きでな。ぞっとする」
「妖怪と間違えそうですねえ」
「そんなややこしい洞窟を見に行く気か」
「はい、土産話の一つとして」
「最近は無人らしい」
「誰も穴に入っていないのですか」
「そんなことをする奴にも限りがあるのじゃろう。最近途絶えておる」
「じゃ、私が入ります」
「おお、それは新種じゃ。お前様は普通の顔をしておる。気も確かなようだし」
「駄目ですか」
「まあ、試してみなさい。長く居着けない場所じゃ」
「きっと穴に秘密があるのだと思います。調べてみます」
「無理せんようにな。銭はあるか」
「はい」
「じゃ、食べ物を運ぼう」
「お世話になります」
「おお、そういう挨拶ができる人は珍しい」
「あ、そうなんですか」
「うむ」
 
   了
 
 


2023年7月18日

 

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