小説 川崎サイト

 

奇跡

 

 奇跡のようなものがすんなりと起こり、いとも簡単にいったり、逆に確実にできるはずのものが、そうならないで、難航し、ついにできなかったりする。
 最も難しいものが簡単にでき、最も簡単なものができない。これは何だろうかと竹田は考えた。
 すると、奇跡のようなことが実はそうではなかったのかもしれない。すると、これは奇跡ではない。起こる可能性が殆どゼロのはずなので、もしできれば奇跡となる。しかし竹田の思い違いで、本当は簡単なことだったのかもしれない。
 確かにその面はあるが、竹田から見ると、それは不可能事に近く、その確率もゼロに近いはず。だが、その中味は難しい話ではないので、そのものが奇跡的だったわけではない。
 しかし、確実にできるはずのものが、できないのはどういうことか。できないことは考えなくてもいいほど簡単。当たり前のように簡単にいくはずのこと。
 それができなかった場合、それこそ奇跡に近い。いずれも竹田の目論見内での話なので、竹田の思い違い、考え違いも加わる。なめてかかっていたとか、いつも大丈夫だから、今回も、とか。
「どうなんでしょう先生」
「私にも答えられませんよ。竹田君だけの問題でしょ」
「やはり、僕だけの問題なのでしょうか。でも他の人にも当てはまると思いますよ。いつもできることができないとか、絶対にできないと思っていたことができたとか」
「人が想像した通りには現実はそうはいかないのでしょうねえ。としか、いえません」
「何かが働いているのではないでしょうか」
「そう思うのは当然でしょうね。何とか理由を知りたいと思うから」
「心当たり、ありませんか」
「起こってしまったことをあとで説明するのもいいのですが、何が起こるのか分からないのが、この現実」
「しかし、そういう経験から、引き出せるものがあるでしょ」
「私に引き出して欲しいのですか。しかし、それは竹田君に起こったことなので、竹田君にしか分からないと思いますよ。だから、私には分からない」
「先生は分からないで逃げます」
「知らないことにしておいた方がいいのです。本当に知ったかどうかも分かりませんからね」
「でも先生は多くのことを知っておられる」
「少ないですよ。竹田君が昨日食べた夕食、知りません」
「先生は上手く逃げられる」
「しかし、先ほどの話ですが、奇跡と言えば、全部が奇跡のようなものですよ。まあ、機縁のようなものでしょうか」
「縁起ですか」
「因果の無い偶然もあるでしょう」
「じゃ、なんですか」
「今日の竹田君はしつこく訊いてくるねえ。どうかしましたか」
「つい、調子に乗りました」
「私はそれほど優れていないので、いじめないで下さいね」
「あ、はい」
 
   了

 
 


2023年7月20日

 

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