小説 川崎サイト

 

巧妙

 

 人は生まれ育った環境とかに左右され、その行動も、そこから導き出されると言われている。自分で決めたと言うよりも、そう決まるだけの下地があり、それがものを言っているらしい。
 竹田はそういわれると、そうかもしれないと思うものの、全てがそれで決まるとは思えないので、先生に聞いてみた。
「そうですねえ、竹田君」
 と、一言。単純に同意してくれた。その中味は省略。答えだけを言っただけ。
「では何で決まるのでしょうか」
「それはですねえ、竹田君。そういうことは元来分からないもなのですよ。だから分からないものを分かろうとしてもどだい無理な話です。それなりに説明は出来ますが、面倒なので、省略します」
「説明が聞きたいです」
「竹田君が知っている以上のことは、私も知りません。そこで終わっているのです」
「終わるとはどういうことですか」
「それ以上のことはよく分からないということでしょうねえ」
「物事を判断するとき、どうなんでしょう」
「何が」
「ですから、自動的に決めているのでしょうか」
「竹田君はオートかね」
「いえ、ロボットではありません」
「だったら、自分で判断するでしょ」
「はい、しますが、勝手にそう決まってしまうことが多いです」
「多いけど、少ない場合もあるのですね」
「たまに違うのを選んでしまうことがあります。これは無理にそうしている場合です」
「それは判断ミスですか」
「そうです。だから、すぐに戻されます。やはり、自分らしくないのでしょうねえ」
「まあ、いつもいつも自分らしいものばかり選んでいますと、飽きてくるので、一寸番狂わせをやってみようという気になるのでしょう」
「そうだと思います。これも自動的に、たまにそういう判断ミスを犯してしまうことがあるようです」
「それで」
「やはり決まり切った自分からは抜け出せないのです」
「抜け出したいのですか」
「いえ、そうではありませんが、いつもいつも定食ものでは飽きますので」
「だから、たまに踏み外すのですね。それも予定の一つでしょ」
「それも決まっているのですか」
「竹田君がやらなければ、決まりません」
「ありますねえ。やめることはできます」
「やることもできるでしょ。途中で、無理だと思うかもしれませんが」
「そうですねえ」
「どうすればいいのでしょう」
「何を」
「ですから、自分で決めているようで、そうではなく、そうなるようにできているように思えまして」
「何を決めようが、決めまいが、やろうがやるまいが、大した違いはありませんよ」
「先生は呑気ですねえ」
「そういう気性も本当はないのですよ。まあ、面倒なので説明はしませんがね。余計なことを考えないで、今の研究を続けなさい。それに飽きたから、そんなことを言い出しているのです」
「見破られました」
「もっと巧妙にね」
「あ、はい」
 
   了

 
 


2023年7月30日

 

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