小説 川崎サイト

 

夏がゆく

 

「夏がゆきますなあ」
「もう秋の気配がしますか?」
「それはしないが、暑いだけの日が続く。それだけです」
「何処か秋の気配がすればいいんですがね。少しは涼しく感じられます」
「夏に秋を見る。それはありますが、実際にはよく見えませんなあ。まだまだ暑くなっていくような気はしますよ。秋など遠い空」
「でも、もうすぐ過ぎゆく夏になりますねえ」
「やがて、そうなるでしょう。毎年それは決まっていますから。大晦日まで夏ってことはない」
「そうですねえ。しかし、あそこにある雲。あれは秋の雲じゃないのですか。かなり高いところにありますので、小さくしか見えませんが」
「そのへんの雲が散ったのでしょう。高さもよく分かりませんが、そのへんの雲と同じような形ですし、もっと高いところにあると、うっすらとしているかもしれません。同じ白い色でも少し違うようなね」
「早く秋が来てもらいたいから、秋の雲に見えたのかもしれません」
「その前にお盆があるでしょ」
「まだ先ですが」
「あの高そうな雲あたりのところをご先祖様が多数下りてこられる」
「そんな上から」
「高いと言って目で見える辺りですよ。まあ、高すぎてご先祖様が飛んでいるのは見えませんがね。さらに下りてくると、点々程度には見えるでしょう」
「真っ昼間からですか」
「実際には高くても低くても人の目には見えません」
「それで急降下して、一気に各々の家に降り立つのですね」
「昼間でも雲の隙間を飛んでいる姿が見えるかもしれませんよ。その気になって見れば」
「すごい数でしょうねえ」
「帰省ラッシュ並みです」
「でも空は広いので、渋滞しませんねえ」
「そうです。しかし、もの凄い数のご先祖様が入道雲の間を飛行している姿を想像してみなさい。壮観ですよ」
「でも飛ぶのは夜だと思いますよ。お盆でもまだ暑いでしょうから、日中は避けるのでは」
「そうかもしれませんなあ。しかし私もいつかは、そういうダイビングがしたいですなあ」
「パラシュート部隊のようですねえ」
「それじゃお隣様ともつれ合うかもしれないので、そのままスーと下りていくのです」
「何処へ」
「ああ、そうでしたなあ。私を迎える家族などいなかった。じゃ、何処へ降り立てばいいのでしょうなあ」
「知りません」
 
   了


 
 


2023年8月3日

 

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