小説 川崎サイト

 

盆提灯

 

 竹下は夜中滅多に目が覚めないのだが。トイレが近いのか、それで目を覚ました。昨夜、水を飲み過ぎたのかもしれない。
 気温は高くないが、妙に喉が渇いた。あまりないことなので、どこか調子でも悪いのかと思ったほど。それと寝る前にトイレに行かなかった。これは行くときの方が多いのだ、ない事はない。だから夜中に目を覚ますこともない事ではない。今までなかったわけではない。
 しかし、ないことなので、それはないのだが、たまにあるので、ないことと言うことではない。
 それで蒲団から立ち上がり、隣室を見たとき、ないことが起こっていた。決して見たことのない光景というか、映像ではない。隣の大きな部屋だが、普段はあまり使っていない。
 ただ、夏場は襖戸を取り払っているので二間が一つになったようなもの。使っていない部屋の方が広いのだが、広すぎるのでかえって使いにくい。それに寝起きしている部屋は庭に面しているので明るい。また夏場は風通しもいい。そちらの方が涼しい。
 その使っていないが、始終見ており、始終通っている部屋がおかしくなっていた。ベースはそのままだが、明るい。
 電気は付けていないが、薄明かりがあるので、トイレまでは電気を付けなくても通れる。しかし、付けていないのに明るい。
 その明かりは柔らかく、やや暖色気味で、ぼんやりと灯っている。提灯。すぐに竹下は気付いた。お盆は毎年出していたのだが、この何年かは使っていない。こういうのは初盆だけでいいのだろう。
 しかし数年は灯していた。そして一応はお盆の行事のようなもの、迎え火を花火のように燃やしたり、それなりのお供え物も買ってきて仏壇に供えていた。
 よく考えると、今日はお盆。誰が用意したのだろうか。勝手にそんなことをするわけがない。それに昨夜寝る前は盆提灯など出ていなかったのだ。
 その広い部屋の向こう側に部屋はいくつかある。そちらこそ使っていない部屋。試しに開けてみたが、誰もいない。いれば怖いだろう。
 誰がこんな支度をしたのか。
 仏壇を見ると、花がある。買った覚えはない。また、手前の台にお盆の供え餅が供えられている。小さな餅だ。これも買った覚えがない。
 竹下は薄々分かっていた。しかし、それを考えるのが怖いので、避けていた。
 しかし、挨拶ぐらいしないといけないと思い。来てたのですか。と仏壇に向かい声を掛けた。一応それが礼儀だろう。
 返事はなかったが、あったような気がする。何もないので用意したと。勝手にしたことなので、驚かせてしまった。寝ているものだと思っていた。朝になる前に片付けて、戻ろうかと思っていたのに。起きたのか。
 というような返事だったと思う。聞いたわけではない。
 毎年帰っていたわけじゃない。久しぶりに覗きに来ただけ。無事に過ごしているようなので、安心した。
 とも聞こえたような気がした。
 竹中はそのままトイレへ向かった。尿意が引っ込んでいたのだが、戻った。それで走るようにトイレに行き、戻ってくると、もう盆提灯も、花も。餅も消えていた。
 最初からそんなものはなかったのかもしれない。
 
   了

 



 
 
 


2023年8月17日

 

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