小説 川崎サイト

 

茶店の葛餅

 

 小さな街道筋の峠に茶店がある。このあたりはセミがいないのか、麓の騒がしさはない。徳三は汗だくで登ってきた。茶店があったので、これ幸い。トコロテンでもあれば食べたいところ。それと冷たい水が飲みたい。
 徳三は急いでおり、休んでいる場合ではないが、休めばまた元気が出て、そこから早くなるだろう。それに峠を越えるので、下り坂。日差しのある表側ではなく、裏側に下りるので、暑さもまし。
 茶店と言っても小屋。座るところはその前にあり、簾を立てているだけ。しかし、大きな縁台なので寝転ぶこともできる。だが、あいにく先客が座っており、それができないが。その客、見るからに僧侶。
 徳三は軽く会釈し、少し離れたところに座る。親父が出てきたので、トコロテンを頼むが、ない。しかし葛餅があるようなので、それを頼む。中に何が入っているか念のために聞くと、アンコ。白アンか黒アンか、粒アンかなどと、さらに聞くと、半殺しのアンコらしい。だから中間。
 それを聞いていた僧侶。細かいことを色々と聞く客だと思い、少し微笑む。しかし、徳三は馬鹿にされたように感じ、ムッとにらみ返す。
「お前さん、安らぎたくはないか」
「だから、ここで休んでいるじゃないか」
「まあ汗を拭きなさい。余程急いで登ってきたとみえるが、忙しいのかな」
「登り道ですよ。汗ばんで当然。それに急いでいますが、駆けないといけないほどじゃありません」
「何か、行き先でいいことでもあるのかな」
「仕事ですよ。良い事なんてない」
「心の持ちようだな」
 何か説法でも始まるかと徳三は警戒する。こんなところで暑苦しい話は聞きたくない。それに、今は一服したいのだ。どんな葛餅が来るのかも気になる。
 親父が水と葛餅を持って小屋から出てきた。
「お茶の方がよかったですか。水ならただですから」
「ああ、水でいい。茶は飲み慣れておらんからな」
 徳三は葛餅を楊枝で突き刺す。
「まあ、茶店で出す葛餅、愛敬のようなものなので、上等なもんじゃありませんよ」
 徳三はパクリと口に入れ、もぐもぐさせながら「うまい、これはいい。上等じゃないか親父」
「それは手前も嬉しい。滅多に褒めてくれるお客さんはおりませんからなあ」
 僧侶がその話を聞いている。その気がなくても聞こえる。
「拙僧も一つ頂くか」
「あいにくですが、これが最後で」
「残っておらんのか」
「すみません」
 僧侶は残念そうな顔になる手前で表情を戻した。しかし、目はしばたいている。
「さあ、うまいもんも食った。喉も潤った。親父勘定だ」
「もう行きますか」
「急いでいるのでな」
 徳三は勘定を済ませ、走るように峠を下っていく。
 僧侶が、その後からゆっくりと下っていく。
「お坊さん」
 と、僧侶を追うように茶店の親父が声を掛ける。
「何かな」
「勘定、まだです」
 
   了



 
 
 


2023年8月24日

 

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