小説 川崎サイト

 

源太とおっかあ

 

 源太の母親が病になり、滋養をとり、ゆっくりしておれば治ると言われたが、一向に回復しない。
 また、コイの生き血が効くと言われた。コイのいる池を知っているし、釣りにいったこともある。しかし、そういう雑魚ではなく、池のヌシが良いらしい。
 巨大なコイらしい。それを取りに行くことにした。よくできた孝行息子で、美談になる。しかし、暇なのだろうか。田畑の草が伸びている。それよりも母親が心配。
 源太は強い糸と、太い釣り竿と、大きめの釣り針を付け、じっと糸が張るのを待っていた。そして、神も味方してか、糸が張り、その先の深い箇所からの手応え。
 そして波立ち、巨大なコイの尻尾が跳ね上がった。後は引くだけ。たぐり寄せるだけ。
 その時、後に人が立っていた。源太は夢中だったので、気付かない。それでその人は源太の肩を叩いた。
 源太はやっと気付いた。
「殺生な」
 何を言ったのか、夢中なので、聞き取れない。そのうち糸が緩んだ。すっと重さが抜けた。
「殺生な」
 今度は源太は聞き取れた。
 源太は事情を言った。コイの生き血が欲しいと。それはいいが、死んだコイならいいが、まだ生きているコイ。しかも池のヌシ。このコイはどうなってもいいのかと問う。
 昔からここのヌシを釣ると祟りがあると言われ、誰も釣り上げない。掛かっても逃がしていた。それに糸が切れるほど強いやつなので、釣り上げるのは無理。
 その噂、源太も知っていたので、それが脳裡に浮かんだ。しかし、ヌシの生き血が欲しい。
 その人は、親孝行は良いが、そのための殺生はまさに生き血を吸い合うようなもの。やめなさいと諭す。
 では殺さないで、傷つけ、血だけ頂くというのではどうかと聞くと、ヌシを傷つけただけでも罪が当たり、母親の病など治らぬと答えた。
 それではどうすれば良いのかと聞くと、わしが母親の容体を見てやろうと言った。まさに神様のような人。
 その人は源太の母親を見て、これは重い。コイの生き血では治らぬじゃろ。どうじゃ、ここに神薬がある。これは万病に効く、どうじゃ。
 源太はその人の魂胆を知ったが、神薬が気になる。きっと高いだろうと思うが、池のヌシの血は金では買えないが、神薬なら買えそうだ。
 源太は高い薬を買い、母親に飲ませた。
 その人は、走るように、逃げ去った。何かの粉を神薬だと言って売り歩いている人。
 その後、母親の病状は回復し、元気になった。
 果たして、何が効いたのだろう。または治る病だったのか、その時期になっていただけかもしれない。
 それから源太はあの人に一度だけ村の広場で見かけた。近付くと、サッと逃げられた。礼を言おうとしたのに。
 
   了
 
 


2023年9月7日

 

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