小説 川崎サイト

 

直実と勝頼

 

「誰も行く者はおらぬのか」
 それなりの勢力を誇る本拠地の城で、勝頼が叫ぶ。怒っているのだ。不満なのだ。これは半ば命令だが、志願してもらいたい。主だった家臣が集まっているのだが、それぞれ領地を持っている。それらの連合か、同盟かは曖昧だが、主従の形を取っているが独立心が強い。
「遠いか」
 それが理由だと思われる。それぞれの領地から兵を連れ、国境に詰めることになる。形だけでいいのだ。
 守備部隊のようなもので、小さいながらも小城もある。砦よりも規模があり、屋根の下で暮らせる。
「私が行きましょうか」
「おお直実か、行ってくれるか。一年でよい。そこに兵がいるだけでいいのじゃ。誰もいないと、攻めてくる。何度もあった。しかし、兵を詰めていると来ない。だから留守番だ。空き巣が入らんようにな。難しい仕事じゃない」
 直実は領内から兵を募り、僻地へと向かった。一度本城に寄り、今から行きますと勝頼に挨拶。その時、他の重臣の兵も一部加わる。直実の兵だけでは少ないため。それに勝頼が直々雇っている足軽達の一部も加える。一寸した大部隊になる。直実もそれだけの兵を動かしたことがない。
 それで、国境いの城や村に棲み着いたようになり、結構のどかな日が続いた。
 そんなとき、本拠地が攻め込まれ、本城に迫ってきた。勝頼は慌てた。家臣達の兵が各地から駆けつけが、惨敗。もう纏まった軍勢がいなくなり、本城は裸になる。
 そんなとき勝頼は直実を思い出した。纏まった兵を持っているのは彼だけ。早速使者が走る。
 自分しかいない。直実は勢いづいた。気合いが入った。また使命感のようなのも生まれた。本城を助けられるのは自分だけ。
 直実は勝手に隣国と和睦した。本城に攻めてきた隣国ではない。
 そして本拠地近くに戻ってみると、激しい戦いのあと。城下も燃えて灰になっていた。
 人に聞くと、勝頼様がかなりの被害を出しながらも奮戦し、敵を撃退したとか。もう攻めてくることはないだろうと。
 それはよかったのだが、直実は拍子抜けした。活躍の場がない。連れてきた兵も納得しない。戦いたいのだ。
 結局、この勝頼の無傷の軍団が本城の勝頼を攻めた。
 その後、直実がこの一帯の主になるのだが、長くは続かなかった。
 
   了
  
 
 


2023年9月10日

 

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