小説 川崎サイト

 

退屈男

 

「最近は何処へ向かわれていますか」
「大人しいものに興味があります」
「ほほう、それは方針が変わられましたか」
「そうですねえ。大人しいものでは退屈なのですが、大人しくないものは疲れるのです。それに、さらに進むと、もっと疲れます」
「でも大人しいものは退屈でしょ」
「はい、ですが、その退屈もよかったりする」
「退屈が好きなのですか」
「退屈男ではありません」
「じゃ、大人しくないものへの興味は薄れたのですか」
「ありますが、先ほど言いましたように疲れるのです」
「集中できるからでしょ」
「あまり集中したくないようです」
「人ごとのように」
「少し引いてみると、分かります」
「では退屈を楽しむと言うことですね。やはり退屈男だ」
「いえ、大人しいものの中にもあるのです」
「何が」
「興味深いものが」
「ほほう」
「これは大人しくないものよりもよかったりします」
「静けさの中に一寸した波風ですか」
「波風だけでは疲れるでしょ。それに落ち着かない」
「静かなものは落ちつく。まあ、そうなんでしょうがね」
「大人しいものばかりに接していると、そうでないものが目立ちます」
「普段穏やかなのに、嵐が来ると、目立ちますねえ」
「そうです。低く構える方がいいかと」
「嵐が来たときは低く構えるのですか」
「いえ、普段から低く構えるのです」
「それで最近、あなたは腰が低い」
「それは腰が悪いからです。誤解です」
「でも前屈みのほうが腰には悪いのでは」
「それは私の骨格の曲がり具合で、その方が安定するからです。疲れませんし」
「あなたが言っていること、よく分かりません。思い当たらないので」
「大人しいものだけが良いと言っているわけじゃないのです。そこを標準にした方が安定すると言うだけです」
「そういえば私も遠くまで来たものだ。たまには引き返したいことがあるよ。あの頃に」
「進みすぎたのですよ」
「まあ、参考にしましょう」
「はい、どうぞ」
 
   了

 
 


2023年9月17日

 

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