小説 川崎サイト

 

運命鑑定

 

 運命鑑定と書かれた看板を田坂は見る。
 そこは下町で、商店街から抜けたところ。住宅地だ。
 その安アパートの二階の窓にその看板。運命鑑定としか書かれていないが太い文字。情報はそれだけでいいだろう。
 田坂は何の気なしに、その二階へ上がった。廊下があり、各部屋が並んでいる。看板があった部屋は二つ目の窓だった。だから二つ目の部屋がそうだろうと思い、ノックした。
 どうぞという声。結構早い。
 白髭が口から顎に掛かっている。首のところにも毛が見える。しかし顔は剃っているようだ。その白髭も看板のようなものだろう。
 服装は年寄りがよく着ているようなゆるいもの。これは鑑定をする占い師の服装ではない。
 しかし、ここで寝泊まりをしていないようで、生活臭さがない。事務所のように使っているのだろう。またはテナントのように。
 そのため、二間ある部屋の大きい部屋にテーブルがある。すぐ後ろは窓。そして看板の影が見えている。看板が雨戸のように大きいので、一寸暗いが。
「占って欲しいのですが」
「何を」
「だから、表の看板のように運命です」
「占うも何もない。運命は決まっておる。占い方で変わるわけがない。だから占いではない。事実をわしは言う。いいかな」
「はい」
「本当にいいのかな。これは君の運命を明かすことになる。本当にいいのだな」
「僕はどんな運命なのでしょう」
「聞きたいか」
「はい」
「覚悟はできておるなあ」
「何かよくない運命なのですか」
「それはこれから見る」
「何処を」
「君からだ」
「道具とかは使わないのですか」
「それは占いじゃ」
「じゃ、予言ですね」
「わしのには裏がない」
「じゃ、裏ないですね」
「余裕があるのう」
「その前に鑑定代なのですが、どのタイミングで」
「払いたければ勝手に払いなさい」
「え、商売にしていないのですか」
「客など滅多に来ん。商売にならん。だから趣味じゃ」
「じゃ、普段は何をされているのですか」
「本を読んだり、テレビを観ておる。ここは書斎で借りているようなもの」
「お金を取らない占い。いや、予言ですか。怖いですねえ」
「では、見てやろう」
 白髭は目を閉じ、じっとしている。特に芸はしない。
 しばらくして「分かりましたか」と聞く。
「何となくな。将来の君を見た」
「どうでした。僕の未来はどうなっていました」
「悪くもないし、良くもない」
「良かった。悪ければ、何とかしたかったのですが」
「運命は変えられん。だから何ともできん。だから先のことなど聞くのは怖いはず。覚悟がいるはず。良い未来なら、聞くと安心する。怠けるかもしれん。だから、聞くものではない」
「でもここは運命鑑定所でしょ」
「ただのアパートの二階の畳の間じゃないか。六畳の。そこにテーブルを置き、ソファーを置いておる。これだけでも妙じゃないか」
「そうですが」
「ここに君は来た。それも運命で決まっていたんだ」
「でも来ないこともできましたよ。一寸迷いましたから」
「その迷うことも決まっていたんだ」
「はあ、じゃ、どんな動きをしても無駄なのですね」
「無駄な動きをすることも決まっていたんじゃ」
「じゃ、ここで、こんな話をすることも決まっていたのですね」
「そうじゃ」
「それって、身も蓋もないって言いませんか」
「そう言うセリフを吐くことも決まっていたんじゃ」
「これは叶いません。もういいです」
「君の未来を聞きたくないのか」
「さっき聞きました、良くもなく悪くもなくって」
「そうだったな」
「これ、お礼です」
 田坂は万札を渡した。鑑定料の相場が分からないので、釣りをもらうわけにはいかない。千円札は一枚しかなかった。
 ここで、万札を出すというのも、決まっていたのだろうか。
 
   了




 
 


2023年9月22日

 

小説 川崎サイト