小説 川崎サイト

 

神々の深き欲望

 

 何となく勢いがない。芝垣はどうなったのかとやや不安。いつもの勢いが出ないのだ。活気のようなもの。何かに向かうような気構えとか。
 良く考えると、仕事が一段落付き、それでほっとしていただけ。また念願だったものを果たしこともあり、それで気が抜けたのかもしれない。
 仕事はやらなければいけないが、一寸した欲があり、これは別のことだが、そちらのことも果たした。それで欲が抜けたのだろう。
 しかし、芝垣は何故か居心地が悪い。落ち着かない。いつも前向きで、ぐっと向かっている姿勢なのだが、すっと体を起こしたようなもの。前屈みから。
 欲が抜けると元気がなくなる。これだろうと芝垣は悟った。これは分かったという程度のことだが。
 確かに欲がなくなれば腑抜けになる。ふにゃっとしており芯がない。その芯こそが欲。目的のようなものだろう。
「色々と忙しいんじゃないのか」
「一段落したのでな」
 芝垣が訪ねたのは友人宅で、長い付き合い。今では話し相手が少なくなっているので、貴重な存在。また用がなくても訪ねて行ける。
「神々の深き欲望なんだ」
「また、変な話かい」
「欲がないと駄目だな程度の話さ」
「じゃ、芝垣君は神か」
「神々なので、多くいる中のひと柱」
「八百万の神と言うから無限にいるだろ。万物に」
「だから、人も神であってもいいわけだ。何にでも神がいるんだから。人間にもね。そして、皆だったりする」
「全員神なら有り難くないねえ。誰も拝まない」
「その神々、深き欲望で生きているだ。それをエネルギーにしてね」
「そのエネルギーが切れたのかい」
「この前、果たしたから、しばらくは欲なしの神だ。しかし、欲は一つじゃないんだ。小欲、中欲、大欲と欲は無数に、また色々と他にもあるんだ」
「永遠にある。勝手に湧き出すのかな。僕にもあるけど芝垣君ほどには脂ぎっていないなあ」
「でもあるんだろ」
「あるある。芝垣君よりも欲が深いかもしれない」
「まさか欲を捨てる欲を持っているというんじゃないだろうなあ」
「捨てると腑抜けになるだろ」
「そうだったなあ。腑抜けでも良いけど、楽しいとは思えないよ」
「欲とか執着はないとやりにくい」
「固執するとかもあるねえ」
「どれも悪いことだと思われているけど、それがあるから生きていて楽しんだよ。やることができるし。しかも考えなくてもね」
「うん」
「この余は苦で、苦しいことばかりだと言うけど、楽しいこともあるじゃないか」
「苦があるから楽があるか」
「いや、苦がなくても楽はある」
「楽を求めること自体が苦を作るとも言うぜ」
「楽しみのための苦しさなら帳尻が合う。それに苦労して果たしたことはさらに楽しい」
「相変わらず、楽天主義だ」
「考え方、受け取り方を変えても世の中変わらない」
「まだ言うか」
「しかし、表では言いにくいねえ」
「そうだね。ここだから言えるんだ」
「そうそう」
 
   了

 


 


2023年9月27日

 

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