小説 川崎サイト

 

神南備山

 

「神南備山へ行きなさるか」
「よくご存じで」
「この先、その山しかなかろう。見るべきものはな。こんな山道は旅人は通らぬ。だから神南備山を見に来たとしか思えん」
「他にも色々とあるでしょ」
「特にない。この山道、神南備山のために作られた道。道はそこで終わる。まあ、あるにはあるが、人が入り込むような道ではない。山の中で自然にできたような切れ目のような道」
「誰も通らないのですか」
「山仕事の連中ならたまに入り込むかな」
「猟師とか」
「いや、このあたりでは山菜や薬草だな」
「有り難うございました」
「まだ、解説は終わっておらんぞ」
「え」
「神南備山の話じゃ」
「神様のいる山ですね」
「どの山にも神さんがいる。しかし、神南備山は一寸違う。どの山にも神はいるのに、わざわざ神がいる山だと付けておる」
「それで、私も知りました」
「御山が神、御神体。山が御神体なのじゃ。分かるな意味が」
「他の山は山の中に神さんがいるんでしょ。でも神南備山は山そのものが神様」
「おお、理解しておるな。流石に見学に来ただけのことはある」
「ちらっと都で聞いただけです」
「都からか、遠いぞ。ここは」
「遠方に行く用事がありまして、そのついでに立ち寄りました」
「もう着いたも同然だな。ほれ、その松と松の間に見えておる繁み、あれがその山じゃ」
「あ、あれですか、低いし、目立った形をしていませんねえ」
「何処にでもある山の姿じゃろ」
「でも、どうして、聖地になったのでしょ。他の山でも良かったのに」
「行者や山師が特定したんだろ」
「山師」
「鉱山を探す人じゃよ」
「行者の直感ですか」
「山に近付くと、妙な気持ちになる。何か発しているような。それと、昔からの言い伝えもある。あの山は神だと」
「神の住む山じゃなく、山が神なのですね」
「それは先ほど言った」
「でも淋しい場所ですねえ」
「山も深まると、そんなものじゃ。どの山道でもな」
「はい」
「わしら里の者は、ここまでで、そこから先へは行かん。山仕事でもない限りな」
「詳しい話、有り難うございました」
「気をつけてな。山に刺されんようにな」
「え」
「いや、蚊に刺されると痒くなる」
「ああ、藪蚊ですか」
「神にも刺されんようにな」
「あ、はい」
 
   了


 


 


2023年9月29日

 

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