小説 川崎サイト

 

社長室の妖怪

 

「そこに妖怪を感じるか、感じないかは、その人によるのです」
 妖怪博士が依頼者に語り出した。その依頼者が妖怪を見たわけでもなく、感じたわけではない。その人の主人、社長が頻繁に妖怪を見るという。
 社長と言っても仲間内で作った会社なので、上下関係はあまりない。一番社長然とし、押し出しがあるので、その人を社長にしている。いなければ困るので。
「では妖怪を見るのは、社長の体質でしょうか」
「生まれつきのものではないでしょ」
「え、妖怪を見るのは、体質や感性ではないのですか」
「後付けでしょうなあ。今の人が妖怪を見るにしても、年寄りが知っているような妖怪じゃなく、別のものでしょ」
「社長室だけがあります」
「だけ」
 本題に入った。
「ワンフロアですが、一応社長のデスクだけは仕切りありまして、部屋のようになっています」
「何のお仕事でしたか」
「プログラミングです」
「ほう、じゃ、今風ですなあ」
「しかし、結構年を食ってますよ。皆もう若くない」
「で、その部屋がどうかしましたか」
「妖怪部屋だと社長は言います」
「相撲部屋のようなものですか」
「稽古はしません」
「はい」
「仕切りは天井の手前までです。上から覗くには脚立が必要ですがね。ドアもあります。鍵もあります。仕切りを強引に倒せばなくなりますがね。そんなことをする必要はないでしょ。あ、余計な説明をしました」
「はい」
「社長が簡易ドアを開けると、妖怪がいたとか」
「どのような」
「見たことのない顔立ちです。体も毛むくじゃもおれば、真っ白な肌の妖怪も。また着物を着ていたり、何か身にまとっているものもいます。頭が人ではなく、何かの動物のようだったと言いますが、特定できないようです」
「エゲツナイなものを見たのですな」
「何でしょう」
「社長さんは驚いて、社員を呼んだでしょ」
「はい、私と竹中君という若手がいたので、見ました。仕切り部屋の社長室を」
「しかし、いなかったと」
「はい、その通りです。社長だけが見えたようです」
「じゃ、錯覚や幻想、幻覚でしょ。そう思うのが当然。私のところではなく、別のところへ行った方がよろしいかと」
「社長は正常です。妖怪が見える意外は」
「それで、妖怪を見た社長はどうしました」
「社長室に入りました。私達もそれを見ています。誰もいない部屋ですが」
「はい」
「社長によると、椅子に座っている妖怪がいるので、追い払ったとか」
「その妖怪、素直に席を譲りましたか」
「はい、頭も下げていたとか」
「その様子、社長にしか見えていないのでしょ」
「そうです」
「どうでした」
「一人で何かしているようで、社長の動きのほうが気味悪かったです。一人パフォーマンスで」
「ああ、一人芝居ねえ」
「どうなんでしょう」
「何かその空間というか場があるのでしょう。社長がそんな幻覚を見る要素。タネのようなものはなく、その空間というか場に何かが発生したのではありませんかな。その何かとは社長が思うところの妖怪で、その姿が浮かび上がる」
 妖怪博士は説明をはしょりすぎたと、一寸気にした。
「つまり、別の人なら、別のモンスターなり、化け物になるわけですね。妖怪じゃなく」
「靄が立ち籠めているだけとかもあるでしょうし、色がおかしいとかも。また生き物ではなく、物体がそこにあるとかも」
「そういう妖怪、いますか」
「妖怪ではなく、そういう怪異でしょうなあ」
「はあ」
「人など住んでいない深山に大きな屋敷がポツンとあるとかね」
「そのタイプでしょうか。で、どうすればいいのでしょう」
「場を作らなければいいのですよ」
「は」
「場の条件が偶然揃ったのでしょ。しかし、社長にしか感じられないのが不思議ですが、社長の社長室ですから、社長の場。だから彼だけが感じることができたのかもしれません」
「どうすればよろしいのでしょう」
「その仕切り、バラしなさい」
「はい、社長に言ってみます」
 数日後、その依頼者がやってきた。
「もう出ないとか」
「それはよかった」
「社長も、自分だけ、そんな部屋にいるのは寂しかったとか」
「あ、そう」
 
   了



2023年10月8日

 

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