小説 川崎サイト

 

家督

 

「家督でございますが」
「嫡子がいるだろう」
 長男のことである。しかも正室の子。
「それが」
「馬鹿だと言いたいのじゃろ」
「とんでもない」
「では阿呆か」
「とんでもございません。殿のお子にそのようなことは、それに嫡子様でございますので」
「それが出来が悪いと申すのだな。それは分かっておる。しかし、他に譲ると、揉める。
 家督争いで内部分裂しかねない。この時代、長男があとを継ぐ慣わしがあり、誰を跡取りにするのかは最初から決まっていた。そのため、家督争いを防げたようだが、実際はどうだったのだろう。
「幸い今は安泰。いくさもありません」
「引退か」
「はい、家督を譲り、殿が後ろに控えておられれば、大丈夫です」
「何が大丈夫なのじゃ、あの子では駄目と言っておるようなもの」
「滅相もございません」
「わしが目を光らせなくとも、その方達重臣が大事なことを決めればいい。今もそうじゃないか」
「しかし、殿とは違い」
「何が違うのじゃ。あの子が違うのか」
「滅相もございません。聡明であられます」
「わしのように言うことを聞かぬと申すのか」
「いえいえ」
「まあ、引いてもいい。平時ならあいつでもやっていけるだろう」
「ではそのように致しますが、よろしいですな」
「それが重臣達の総意か」
「はい、一応は」
「まさか、わしが言い出したことが気に食わんとみえるな」
「あれはおよしになった方がよろしいかと」
「いや、あれはやる。それぐらいいいだろ。今まで言うことを聞いてきた。座っているだけの殿様だったんだ。一つぐらいは」
「それはいけません」
「いや、やる」
「はいはい」
「家督を早く譲れというのは、わしか。わしが原因か」
「滅相もございません」
「もういい。隠居すればいいのだろ」
「既に手はずは整っておりますので」
「早いのう」
「わしより息子の方が扱いやすいか」
「いえいえ」
「しかし、あれは馬鹿だから、わしよりもキツイかもしれんぞ」
「いえいえ」
 
   了



2023年10月26日

 

小説 川崎サイト