小説 川崎サイト

 

出不精

 

「どうですか、最近は」
「今日のような秋晴れで、過ごしやすい時は何処かへ行きたいですねえ。しかし、行きませんがね」
「でも、ここまで来るの、いい散歩になるでしょ」
「そうですね。程良い距離です。ここを歩いているだけで遊びに出た気分です。近いので、すぐに戻れますが。しかし同じ道じゃつまらない。余裕のある時は別の道を通って戻ります。私にしては冒険だ。ただ、元気なときに限りますよ。そして散歩日和の日に」
「今日などがそうですね。じゃ、いっそのこと出掛けられては」
「もう時間的には遅いです。戻りは流石に寒くなるでしょ。暖かいのは昼間だけです。それにどこへ行くのかを考えるのが面倒でしてね。それほど行きたいところがない。近場で充分です。しかし、同じ道筋しか通っていませんがね」
「要するに出不精というやつですね」
「いや、出るのは好きです。家にいるよりも。だから、こうして、毎日ここに来ています」
「そうなんですか」
「この前など、戻り道を変えて妙なところに入り込みましたよ。こんな場所、こんな近くにあったのかと思えるようなね」
「そうなんですか」
「大きな木が二本立ってました。かなり切られて、高くはないのですが、太い木です。その下に祠がありましたが、よくある絵です。しかし、近くにそんな太い木があるなんて、知らなかった。古木ですが切られて背が低いので、遠くからではよく見えなかったのでしょうねえ」
「はあ」
「しかし、その道、戻り道なので、何度か通っているはずなんです。何故気付かなかったのかと思うと不思議です」
「そんな木や、祠、本当にあったのですか」
「私もそれを疑いました。もしかすると、妙なところに迷い込んだのではないかと」
「妙なところとは?」
「そんな道など本当はなく、そんな二本の木や祠などもない」
「異次元ですか」
「しかし、よく見ると、その手前が更地になっていました。ああ、そういうことかと、やっと謎が解けました」
「その更地にあった建物が、木や祠を隠していたのですね」
「そうです。建物の横に回れば見えたかもしれませんがね」
「あまり高い木じゃないんですね」
「本当は高いのでしょうが、切られて」
「ああ、そうでしたね」
「一瞬、妙なところに来てしまったとわくわくしましたよ」
「遠出したのと同じ効果ですねえ」
「ここと家との往復でも、道を変えると、結構楽しめますよ」
「それよりも、ここなんですが」
「はい、私もあなたも毎日来ているところです」
「ここって、何処なんでしょ」
「はあ」
「ここって、本当にあるんでしょうかね」
「ははは、また怖いことを。私よりも怖いことを言う。怖い人だ」
 
   了


2023年10月27日

 

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