小説 川崎サイト

 

見積り

川崎ゆきお



 古い家だった。
 屋根瓦の透き間から草が生えている。
 瓦がずれたり、欠けていたりする。そこに雀の巣があり、雨漏りを防いでいるのだろうか。
 板塀も腐りかけており、ちょっと押しただけで崩れそうだが、まだ、強度を保っている。
 セールスマンがこの家に目をつけたのは年寄りが一人で暮らしている情報を得たからだ。
 どう見ても年寄り臭い家で、若い者が住んでいるなら、もう少し何とかするだろう。
 一戸建ての多い下町だ。
「雨漏り、しませんか?」
 やっと玄関を開けた老人に問いかける。
「せん」
「この近くで工事中の者ですが、上から見ると屋根が傷んでます」
「あ、そう」
 セールスマンは、話に乗ってくれば、勝ちだと思っていた。老人は簡単に話を聞いてくれた。
「お困りでしょ」
「困っとらん」
「塀も痛んでますし」
「あれは、ああいう塀なんじゃよ」
 老人は断り慣れているのかもしれない。露骨に帰ってくれとは言わないのは、会話に飢えているのだろうか。
「ついでなので、修理しましょうか」
「あんた、誰だ」
「工務店の者です。今、上から見ていて気づいたのです。屋根の傷みを」
「上から」
「はい」
「どこの」
「近くの工事中のビルからです」
「そんなビルは、ないぞ」
「この近くのマンションです」
「どのマンション?」
「それより、何か手助けしたいと思いまして」
「そうなの」
「屋根の修繕しましょうか?」
「それは悪い」
「ついでですから」
「何の?」
「この近くで工事をやってますから、そのついでに」
「ああ、そういう意味か」
「見ていいですか」
「どうぞ」
 セールスマンは、屋根を見ている。
「かなり痛んでます。瓦の交換しましょうか?」
「下からよく見えるのう」
「さっき、建築中の高いところから、確認しましたから」
「そうなの」
「じゃ、見積もってみますね」
「あんた、親切な人じゃないようじゃな」
「え、どうしてですか」
「見積るとは、金を払えと言う意味じゃろ」
 
   了


2007年12月24日

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