小説 川崎サイト

 

良い流れ

 

「ことが上手く流れることがある」
「こと?」
「物事とかだな」
「琴だと思っていました」
「わしから琴の音色が出るとでも」
「そうですねえ。無縁ですねえ」
「まあ、生きておる間、何処かで琴と出合うこともあるだろう。琴は知っておるが、特に係わりはない」
「琴の音のように、物事が上手く流れるという話でしたね」
「そうじゃ、ずっとじゃない。曲にも始めと終わりがある。繰り返せば別じゃがな」
「何かありましたか」
「上手い具合にピタリピタリと物事が決まっていった。何かを決めたとしても、その通りにはいかん。何処かでギクシャクしたり、止まったりする。または待ったりとかな」
「それが、すっと流れたのですね」
「良い流れじゃ、まるで作ったようにな」
「先先で、誰かが拵えていたのかもしれませんよ」
「そうではなく、たまたまだ。運がいいのだろう。この運、作ろうとしても招こうとしても手強い」
「つまり、作れない偶然ですか」
「わしにはそう思えるが、トントン拍子などは滅多にない。これは作らないとな」
「でも、それを望んでおられたのでしょ」
「望みの一つとしてな。しかし、大したことじゃない。その望みは以前からあったが、途中でやめたりした。諦めたりな。またはこれは駄目だと引いたりした」
「今回はその望みに向かう決心をされたのですか。どうやって」
「他のことをやっている時、ふと思い出したのだ。何がきっかけとなり、思い出したのは分からんが、それに関係するものじゃ。だから思いだした。あれもあったのうと」
「それで」
「これもふっとやってみようと思った。深く考えないでな。それに以前に同じことをしたとき、しくじっている。それを忘れたかのような行いじゃ。何も悟っておらなんだのだ」
「それでどうなりました」
「それが、スイスイといく」
「はあ」
「また、それをやっている時、他のことも上手くいく。実に不思議」
「何でしょうねえ」
「たまたまじゃ」
「それで片付けられますか」
「他に言いようがない。理由が分からぬ」
「原因とかもあるでしょ」
「何が因になっておるのかが分からん」
「でも上手く流れているのですね」
「今のところはな。しかし、そんな良い流れなど長くは続かぬことも知っておる」
「反動が怖いですねえ」
「覚悟しておる」
「でもいい感じでいいじゃないですか」
「一瞬かもしれんが、気分がいい。それだけでもいいのかもしれんのう。後は野となれ山となれ」
「でも一つの良い流れが、他の流れも良くしているのは不思議です」
「共振したのかもしれん」
「まるで琴を並べた演奏のようですねえ」
「あれは長いから場所を取るのう」
「そうですねえ」
 
   了


2023年11月1日

 

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