小説 川崎サイト

 

琴線

 

「一寸進めすぎじゃないのかね」
「この先、まだまだあります。もっと凄いものが」
「それにも果てがあるだろう」
「ありますが、今のよりも凄いです。進んでいます」
「そうなんだけど、君はそれを必要としておるのですか」
「凄いものを必要としています。先へ先へと行く展開も気持ちいいですし」
「それは分かるがね。果てまで行くとね。かなり前のものがよかったような気がするよ」
「先輩は果てまで行かれたのでしたね」
「それは凄かった」
「そうでしょ。僕もそれを」
「しかしだね、凄いだけでそれ以上じゃない。以前のものの方がいい場合もある」
「昔のものですか」
「意外と以前のものの方が進んでいたりするよ。チラッと見ただけでは古くさいだけだが」
「振り返る者もいないでしょ」
「だからイメージだよ。古く感じてしまう。それに古いものだというスタンプも見ているしね。しかし、結構豊かなものが含まれていたりする」
「最先端のものよりもですか」
「いや、最先端が必ず凄いものとは限らない。ここは変動する。凄いものが最先端になっていた時期もあるがね。今は大人しいでしょ」
「しかし、以前のものよりも進んでいますよ。やはり今の方が凄いです」
「凄いか」
「はい」
「何がどう凄いんだ」
「果てまで行きかかっています」
「しかし、果てはきりがない。それに凄さの果てなど疲れるでしょ。君はそれを望んでいますか。そして必要ですか」
「怖いもの見たさです」
「怖いのかね」
「ゾクゾクします」
「つまり、刺激が強いわけだ」
「疲れますが」
「私は果てを見てきた人間だ。ただ単に果てだというだけのことで、それ以上のことはなかった」
「本当ですか」
「もう少し戻した方がいい感じだ」
「うんと昔にですか」
「今のものの中にもそれがある。昔とは限らん」
「それは何ですか」
「私が望んでいるものだ。こう言うのがいいとね」
「じゃ、世間とは違うような」
「そうだね。これは私にしか分からない。基準は私だ。そこから測れば、凄いも凄くないも、新しいも古いもない」
「はあ」
「君にもそういう基準があるはず」
「それはどういうものでしょう」
「何となくよさげ」
「はあ」
「何となくいい」
「曖昧ですねえ」
「琴線だよ」
「琴線に触れるというやつですね」
「そうだ」
「そんな琴、どこにあるんでしょう」
「さあなあ」
 
   了


2023年11月5日

 

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