小説 川崎サイト

 

ジャガイモ頭

 

 杢念はたじろいだ。妖気を感じた。
 それは鼻を刺すような酸っぱい匂い。ただ、そんな匂いを嗅いだわけではない。五感の外で感じた。それは中か外かは分からないが、そんな刺激を受けたのだ。
 これは酸っぱい匂いとしか言い様がないが、感覚のどこかに着地されないと受け取ることができないのだろう。だから実際に鼻で嗅いだわけではない。
 その妖気、杢念は妖気と言っているが、人によって別の気配になる。ただ気配はすれども姿どころか、どういう種類の気配なのかも分からないことがある。
 分からないので謎。気配だけを感じる。これは気持ちが悪い。妖気もそれに近いが、すでに怪しいと決めつけているので、方向性は絞られている。
 さらに杢念はその妖気、妖怪の仕業だとみている。かなり絞り込んでいるではないか。
 しかし、妖怪が仕掛けてきているのか、その存在から妖気が発しているだけなのかまでは杢念には分からない。
 もし後者なら悪意のようなものはないので、素通りしてもいい。身構えなくても。
 しかし仕掛けてきているのなら用心に越したことはない。
 杢念は呪文を唱えだした。これはお経ではない。師匠から授けられたマジナイのようなもの。言葉だが意味はない。ただの語呂だ。だが独自のリズムがあり、これが効くとか。
 しかし、その妖怪、どこにいるのだろう。妖気は感じたが前方だろうか。左側か右側か、真正面か、それが分からない。
 それで前方をうちわで扇ぐように、口を向けた。流し呪文で、なめ回すように唱える。ついでに前方だけではなく、後方もまんべんなくなめ回す。
 一周したとき、妖気が静まってきた。かすかにまだ残っているが、呪文が効いたのは間違いない。
 杢念は前に歩き出した。するとますます妖気は薄くなる。それで、一寸引き返すと、また強くなる。これで杢念は妖怪はこのあたりにいると知った。
 まずは左側へ進む。そこは道から外れた藪。妖気はない。では右側なのだ。
 そちらは岩場。取っつきの岩の前で妖気が強まった。これでほぼ特定。
 杢念は呪文をさらに気張った。もう浪曲のようになり、コブシやうなりが効き過ぎるほど。これが師匠直伝の極意だった。これ以上の強さはない。
 すると、目の前にゴツゴツとしたジャガイモのような頭をした妖怪が姿を現した。呪文の強さで隠れ蓑が破れたのだろうか。それは分からないが、姿を現した。
 これは呪文であぶり出すような効果があるらしい。
 ジャガイモはジャガイモの芽のような目をばたつかせ。「かなんがな」とつぶやいた。
 杢念には意味が分からないが、困ったような顔をしている。子供ぐらいの背丈で、裾の短い着物を着ている。これは杢念にはそう見えるらしい。そしてジャガイモ頭も。
 実際には具体的な形などないようだ。しかし、杢念が呪文で見えるようにしたのだ。ただ、他の者ではこれは見えない。
 こういう妖怪だったのかと、杢念は納得した。気配だけではどんな妖怪なのかは分からないので。
「ここで何をしている」
 岩場でひなたぼっこをしていたとジャガイモは答えた。
「それだけか」と問うとそうだと答えた。
「悪さはしていないなあ」
 していないと答えた。
「妖気が出ていた。気をつけた方がいい」
 ジャガイモは気をつけますと頭を下げた。
 先ほどから旅人が集まり、杢念を見ている。
「あの小坊主さん、何をしているのでしょうねえ」
「さあ」
「でもあの小坊主さんの頭、ジャガタライモのようですねえ」
「そうですなあ」
 杢念は野次馬の気配を感じ、岩場の陰に逃げた。
 妖怪の気配は感知するのに、野次馬がすぐそこにいるのに気付かなかったようだ。
 
   了


2023年11月9日

 

小説 川崎サイト