小説 川崎サイト

 

とんでもない話

 

「とんでもないことは起こるものですよ」
 老人が語り出す。聞いているのは求道者。何の道なのかは定かではない。ただただ追いかけているだけ。強いていえばこの世の謎がメインだろう。
 若者は物知りで知られる老人の住処をやっと捜し当て、それを聞くことにした。こういうことは自分で考えればいいのだが、それだけでは頼りないので、人の意見も聞くようにしている。
「とんでもないことは確かに起こっていますが、その時期に達したのか、偶然か、一寸した手違いとかが多いと思いますが」
「人ならそういうことでしか理解できん」
「はい。それも承知しています」
「知っておるのか。それはよく学んだのう」
「人知では計り知れぬと言われておりますので」
「計りようがないし、感じようもない。想像もできんからのう」
「想像できる頭ではないのですね」
「頭の中で映せるものには限界がある」
「何となく、そこまでは分かりますが、何とか分かる方法はないのですか」
「何を」
「ですから、たまに起きるとんでもないような事柄です」
「それはまだ浅い。そういうことが起こっておることを感知できるのじゃからな」
「その辺がどうも難解でして」
「難しいか」
「はい」
「それは感じることもできん。しかし、人にも分かる感じ方はする。だが、そうなると平面的なり、ありふれたことになる。奥まで感じる頭がないためだ。また想像することもできん。それができたとしても、もう常人ではいられないだろうな」
「たまにそういう変わった人がいますが、そういうものを見る力があったからですか」
「そんな目はない」
「ややこしいですねえ」
「それを見てしまうと、常人の目とは違ってしまう。だから生きてはいけん。森の中でぽつりと暮らすのならいいがな。しかしそんな生活などできんだろ」
「何でしょう。常人には見えない世界とは」
「その辺にゴロゴロ転がっておる。探さなくとも」
「え」
「気がつかんだけで。出たり入ったり、触ったり持ったりしておる」
「どういうことでしょうか」
「気付かんだけ」
「何か不安定になってきました」
「気にし出すと常人ではいられなくなる。だから君の探求はやめたが良い」
「あなたはどうなのです」
「わしは、そういうことだろうと思っておるだけで、常人の内」
「はい」
「この寓居、君が帰るとき、一歩外に出ると、別のところに出るかもしれぬ。しかし、それも分からないで、戻っていくだろう。それでいいのじゃ」
 若者は老人と別れ、その建物から外に出た。
 入ったときと同じ場所にように思われるし、また村まで続く道も来たときと同じで別世界とは思えない。しかし、そういう気で見ると、何やら違う道のように思える。
 そして振り返ると、老人の家がぽつりとある。消えていない。
 それは若者がそう思っているだけのことかもしれないが、あの老人が言うこの世のからくりを知ったとしても、知るだけで、実感はないのだろう。
 
   了



2023年11月19日

 

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