小説 川崎サイト

 

嘘気

 

「人の世は思う通りにはならぬものです」
「そうか」
「特に今回はうまくいかなくても当然。切に望んでおりませんでしたのでな」
「わしがか」
「そのように見えました」
「確かに真剣ではなかったかもしれぬのう。木刀を振り回していただけかも」
「だから、しくじっても仕方がありませぬ」
「うむ」
「やはり切に願わないといけません。そして本気で」
「わしは嘘気だったのか」
「嘘気?」
「嘘ではないが、できればなった方がいい程度」
「絶対なるよう挑まなかったからですよ」
「真剣になると、しくじったときが怖い。言い訳が立たぬからな」
「そうではないかと思っていました」
「軽いあたりでもいけるに超したことがなかろう」
「まあ、そうですが」
「それにしくじっても未練が少ない」
「でも、後悔しておられるのでは」
「わしがか」
「はい。本気でなくてもうまくいけたのにと」
「しかし、詰めでは本気を出したぞ」
「そのとき、いけると思いましたか」
「これは倒せると、思った」
「しかし、交わされました」
「無念じゃ」
「やはり後悔がおありだ」
「しくじったことには変わりはない。これは喜べんだろう」
「もし、最初から真剣に取り込んでおれば仕留めたかもしれませんぞ」
「その気はなかった」
「最初からですか」
「うむ」
「しかし、途中から真剣になり出したのですな」
「うむ、これは仕留めたいと」
「世の中、思う通りには行かぬもの。そういうことでございます」
「よくあることなんじゃ」
「そうです」
「そういうことが多いのう」
「まっ、都合のいい望みは持たぬ事ですぞ、殿」
「教えられてばかりじゃ」
「それがしの役目ですので」
 
   了


2023年11月25日

 

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