小説 川崎サイト

 

垂井の源平

 

「ここは垂井村ですね」
「そうだが」
「じゃ、垂井村の源平さんの家はどのあたりでしょうか」
「源平? 源平合戦のような名だが、そんな人はいないよ」
「ゲンペイではなく、ゲンベイさんです」
「あ、そう。ゲンペイと聞こえてしまった」
「じゃ、ゲンベイさんは」
「ゲンペイもゲンベエもいないと思うよ。村の者ならなら全部知っておる。ただ、昔、そんな人がいたかもしれないがね」
「旅先で出会った人です。ひと月前のことです」
「ほほう。その人が垂井村の源平と名乗ったのかい」
「いえ、旅笠に垂井村源平と書かれていました」
「どんな経緯で知り合ったのかは知らないが、名乗らなかったのだね」
「ゲンベイとだけは聞きました。お世話になりましたので、お礼を言いたくて」
「わざわざそれで垂井村まで」
「近くの明石村に来たついでに」
「明石ならお隣だ。近いね。それでついでにか」
「はい、明石村で垂井の人と出合いまして、それで思い出しました。近くにまで来ていると」
「誰だね。垂井の人とは」
「名前は聞いていません。垂井から来たとだけ」
「まあよく行き来するからねえ。明石村は石工が多い。石切場があるからねえ。だから一寸した町だよ」
「賑わっていました」
「あなた、行商か」
「はい」
「なるほど。えーとそれでなんだった」
「垂井村の源平さんです」
「その旅笠に書かれていただけだろ」
「それに源平という名はおかしいよ。しかし、垂井源氏なら分かるが、源平なら両方だ」
「だから、名前だと」
「しかし、ここらじゃ漢字は使わないよ。ただのゲンベイさんだ」
「でもその旅笠には」
「おかしいねえ。垂井村は他にもあるかもしれんよ。だから間違わないようにお国の名も書くんだがね」
「どちらにしても源平さんはいないと」
「この村にはね。しかし、よほどお世話になったんだねえ」
「いい人だったので、また合いたいと思いまして」
「そうかい。残念だったね。あいにくそんな人はいないよ」
「長々とありがとうございました」
「いやいや。暇だったのでね」
「あ、はい」
 
   了



2023年11月26日

 

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