小説 川崎サイト

 

伏原の道士

 

「万策尽きたか」
「まだ方法はござります」
「方法?」
「どんな法じゃ」
「マジナイのようなものですが、他に策がないのなら、それも一考かと」
「一考はせぬ、やってくれ」
「しばらく猶予を」
「すぐにはできぬのか」
「遠方でございますので」
「では、すぐさま旅立てい」
「ははー」
 側近衆の中でも年かさの十兵衛は伏原へと向かった。馬は使わず、下僕一人を連れて。
 この下僕の方が年を取っているが、十兵衛よりも世間をよく知っている。流れ者だったのだが十兵衛に拾われた。良い知恵よりも悪知恵に秀でていた。
 伏原までは十日かかった。もう地の果てのような場所で、草の背がより高い。
「誠にそのような御仁がいるのか」十兵衛が聞く。
「そのように聞いています」
「確かか」
「さあ」
「まあいい。このあたりに住んでおるのだな」
「はい、伏原の道士と呼ばれているようです」
「まあいい。万策尽きておる。その道士に頼るしかなかろう」
「噂だけなので、私もよく分かりません」
「残る策はそれだけ。他にないのじゃからな」
「聞き間違いかもしれません」
「それはいいのだ。間違っておっても。伏原の道士を探すだけでもいい。またここまで来ただけでもいい」
「そんなものですか」
「殿も当てにはしておられんだろ」
「しかし、草深いところですねえ。私も諸国を放浪しましたが、こんな草の多いところは珍しいです」
「伏原なので、草も伏しておるかと思いきや、のびのびと伸びておる」
「人の高さを超えているのではありませんか」
「少し高いだけじゃ」
「これは探すのが大変です」
「探さなくてもいい」
「そうなんですか」
「おぬしが聞いた伏原の道士の話。ただの噂じゃろ」
「はい」
「だから、道士などいなくても不思議ではない。むしろいる方が不思議なほど」
「では、もっと奥へ入りましょう。一応、これは人が作った道のようですので、この道沿いに家でもあるのでしょう」
 しかし、奥へ進むほど草の背は高くなり、家があれば屋根を越えるほど。
「旦那様、これはいけません」
「いかんなあ。伏原の道士どころではない」
「そうでございます。この草の方が不気味で、怖いです」
 やがて空が筋にようにしか見えないほど左右の草が高くなっていた。そして暗い。
「これはおかしい」
「旦那様、これは本来ではありません」
「そうじゃな。本来なら、草がこんなに伸びるわけがない。それに根元を見よ。木のように太い」
「そうでございますなあ。だから倒れないのでしょうねえ」
「感心しておる場合ではない。しかし、道には生えておらん。これもおかしい」
「もしやして伏原の道士の術にかかったのではありませんか」
「おお、それなら納得できる」
「一寸呼んでみます」
「何を」
「道士を」
「ど、どうやって」
「声で呼ぶだけです」
「そうか、やってみい」
「道士様、頼み事があって訪ねてきたものです。どうかこの草を何とかしてください」
 すると、草の背がどんどん低くなり、圧迫感が消えた。元の長い目の草に戻った。
「伝わったようですね」
 しかし、その後、歩けど歩けど道士の家など出てこなかった。こんな所に家があるとは思えないので、道沿いではないのかもしれない。
 そしてさらに先へ進むと、高い草が低くなり、周囲も開け、山並みがよく見えるようになった。
「旦那様。戻されたようでございます」
「伏原の入り口にか」
「はい」
 道士に迷わされたのか、他の何かに迷わされたのかよく分からないが、伏原近くの村では、道士の仕業だといっている。
「もういいか。帰るぞ」
「お役目はいいのですか」
「策はないとはいえ、道士に頼むことが間違いじゃったのかもしれん」
「私が余計ことを言ったばかりに」
「それはいい。伏原の道士まで訪ねた言うことだけでいいじゃろう。殿も納得されるはず」
 城に戻ると、解決していた。策はなかったので、半月ほどそのままにしていたところ、不思議と収まっていた。
 まるで伏原の道士のマジナイが効いたかのように。
 
   了


2023年11月29日

 

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