小説 川崎サイト

 

画家と画商

 

 田中にはいつも買い取ってくれる画商がいる。それがどんな絵であっても。
 きっとその画商、田中が将来有名になり、絵の値段も上がると見込んだのか、適当な投資なのかはよく分からない。
 しかし田中はそれで食いはぐれがない。絵を画いて暮らしていけるのだから、そうでない画家に比べ、恵まれていると言えるだろう。
 田中の絵と、あまり売れていない画家との違いはほとんどない。だから画商がなぜ田中を選んだのかは分からない。
 絵、以外のことかもしれないが、画家と画商との関係は全くない。またその後の関係からプライベート面での付き合いもない。田中が絵を持って行くか、画商が取りに来るか、どちらかで、世間話程度はするが、それ以上のものではない。
 田中の絵は他の若い画家と同じで、最初は勢いがあり、個性も強かった。しかし田中が特に目立っていたわけではない。
 そのうち田中は年を重ねるごとに絵も落ち着き、大人しくなっていった。もう何処にでもあるよくある絵になっている。
 そのことが心配になり、買い取りが終わるのではないかと田中は思い、画商に聞いてみた。
「よくあることですよ。そちらの方が長く画いていけるからよろしいかと」
「でもインパクトとかが」
「そんなものは邪魔だというお客さんもいます」
「そうなんですか」
「部屋に飾っていても出しゃばらない絵です」
「でも、進展があまりなくて、新味が」
「あってもなくても良いのです。だからこれまで通り田中さんの好きなように画いていってください。とんでもない絵になってもかまいませんし、もっと地味になってもかまいませんよ」
「しかし、あまり僕の絵は売れないと思うのですが」
「買う人がいます」
「はい」
「一枚につき、一人買う人がいれば、それで成立しますから。田中さんのこれまでの絵、完売です。だから心配なく書き続けてください」
「それを聞いて安心しました。でも絵の評判が心配です」
「買った人は悪い評判は立てません」
「でも、この前、個展を開いてもらったとき、あまり人気がないし、評判も今ひとつでした」
「それは気にしないで良いのです」
「安心しました」
「それでどうですか、最近の調子は」
 珍しく画商は、一歩踏み込んできた。
「画いていて疲れないものが良いです」
「それでいいでしょ」
「あまり情熱を傾けなくてもすらすらと画けるものが良いです」
「良いですねえ。そういうのも」
「大丈夫でしょうか」
「はいはい」
 田中はそんな画商が現れるのを夢見ていた。虫のいい話だ。
 
   了



 


2023年12月17日

 

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