小説 川崎サイト

 

アレがいる

 

 家を出て少し自転車で走ったところでタバコを忘れていたことに高田は気付いた。たまにそういうことがある。
 そのため予備に一箱鞄に入れているし、ライターも鞄の中にある。だから問題はないのだが、鞄の中のタバコは使っていた。ライターはあるが、それだけでは仕方がない。
 忘れていることを思い出したのはポケットに手をつっこだとき。しかし寒いので手を入れたのではない。あきらかにタバコを忘れてはいまいかと確認のため。
 その確認は何処タイミングで発動したのだろう。よく忘れるので、確認することが多い。毎回ではない。
 家を出るとき、忘れ物はないかと、一応は考えるのだろう。習慣ではないが、もしかして、というのがある。
 しかし、そのきっかけが何処かであるはず。全くそんなことなど思わないで出先でタバコを忘れたとかもある。
 この場合、きっかけが何もなかったのだろう。
 どちらにしても、その日はすぐに気付いたので、すぐに引き返した。
 ほんの少しの距離。もう少し行き過ぎていると、取りに帰らないで、何処かで買うだろう。
 それで早く気付いたので、引き返す距離もわずか。ほとんど家の前から数軒先だったので。
 それで自転車を止め、鍵を開け、中に入ったが、何かおかしい。
 何かの気配。いや、気配以前の気配で、何か一寸違うと感じた程度。
 本来高田が家に戻るのは一時間以上後のこと。出た瞬間、戻っているようなもの。早く戻りすぎたのではなく、数分もかかっていない。一分以内かもしれない。
 高田が留守の間に何かがいて動き出す。そんな想像をこれまでもしたことがある。高田がいない時間。それをアレは知っている。アレたちと言ってもいい。
 だからまさか高田がすぐに引き返してくるとはアレは思わなかったのだろう。
 それで鍵の音やドアが開く音がしたので、慌てて隠れた。急なことだったので音を立ててしまった。
 廊下に服を掛かっている。釘にぶら下げているだけだが、それが揺れていたりすると確実だ。
 タバコは奥の居間のテーブルの上にある。出たときと同じ状態のはず。もし変化があるとすれば、アレがやったのだ。そして高田が戻るまでに元に戻す。
 それと高田の座る椅子。手で触ると生暖かったりする。アレは哺乳類なのだ。しかし、さっきまで座っていたので、自分の体温が残っていたのだろう。
 家のドアを開けっぱなしなので、高田はタバコとライターをポケットに入れ、ドアを閉め、鍵を掛けようとしたとき、気が変わった。
 高田がドアを閉めあと、すぐに開いて家の中の気配を伺った。アレは高田がいなくなるので、もう既に出始めているのかもしれない。
 しかし、そんな気配は分からなかった。それで、サッと中に入った。奇襲攻撃だ。
 当然アレなどはいない。最初からアレなどいないのだから、いなくて当然。しかし、高田はそうは思っていない。毎回毎回うまく隠れているだけで、きっといるのだと。
 
   了

 


2023年12月21日

 

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