小説 川崎サイト

 

笠地蔵

 


 一人暮らしの百姓正三は冬を迎え、雪の降る日が多くなり、寒い年の瀬となる。既に大晦日。今年も餅を買う金はあるので、暮らしぶりには困っていない。
 囲炉裏も暖かく、薪は気兼ねなく使うことができる。炭俵には炭も余裕。鍋には鶏鍋が毎日続いている。
 その夜は早い目の正月料理に手を出し、酒も入って熱くなってきた。そして少し覚まそうと提灯を手に表に出たが雪はしんしん。
 通りに出ると、さすがに風が強く、これでは冷える。
 そしてふと見た地蔵。誰が置いたのか、作ったのかは知らない。子供の頃からあり、爺さんに聞いてもやはり生まれたときからあったとか。
 村の人は道祖神のようなものだと言うが、そこは村の出入り口ではなく、中程。
 得体が知れない地蔵さんだが、道祖神だと思えば納得できる。本当は別物でも。
 その地蔵は雪をかぶり、まるで烏帽子のよう。雪帽子だ。それを見て感心している場合ではなく、地蔵さんの表情が険しい。正三にはそういう風に見えた。光線具合や角度のせいかもしれない。
 近づいて目をこらすと、機嫌が悪そう。それで思い出した。去年は地蔵も寒かろうと思い、笠をかぶせてやった。
 正三の暮らしぶりが良くなったのはそれからで、正三餅が当たったのだろう。わずかながらアンコを入れたただのあん餅。
 餅に工夫があり、柔らかい。ふっくらとしており、うぐいす餅のようなもの。中に膨らまし粉でも入れているのかそれは隠している。正三は年なので歯がない。しかしこれなら食べられる。
 ひょんなことから餅米が手に入り、それで作ったのだが、近所の評判も良く、商人が買い付けに来た。それからはよく作るようになり、こちらの儲けで裕福になった。
 そのきっかけとなったのが地蔵さんに笠をかぶせたことだとは正三は思っていない。
 正三はそんなことは忘れていたが、地蔵が寒そうだというのは分かるので、笠を取りに戻り、そしてかぶせた。
 地蔵の表情に変化はない。ただの石なので。
 その夜、もう年が変わる際の深夜、戸を叩く音がするので、開けてみると、笠地蔵が立っている。
 寒いので入れて欲しいのかと思い、中に通した。
 地蔵は自動的に歩けるのだろうか。ふと。そう思う正三。動いているところは見たことはないし、入り口で立っているだけ。入ろうとしないのではなく、足が開かないのだろう。
 しかし、一寸囲炉裏の火に目を移したとき、地蔵は土間に立っていた。動いたのだ。それで寒いので正三は雨戸を閉めた。
 それに冷えるので、正三は囲炉裏に戻る。薄暗い土間がそこから見え、立っている地蔵も見える。
 やがて、眠くなってきたので、布団を囲炉裏の横に敷き、厠で用を足し、戻ってくると、その布団の嵩が高い。掛け布団を一寸めくってみると、地蔵が寝ていた。
 正三は予備の布団を出してきて、それで寝た。
 翌朝、初日の出前に正三は起きたが、布団は空だった。
 あの地蔵、得体が知れない地蔵だが、人を化かすすべを知っているのだろうか。
 その年の暮れ、また雪が降り出したが、今度は早い目に笠地蔵にした。去年の笠は春先に消えていた。
 
   了

 


2024年1月2日

 

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