小説 川崎サイト

 

楽勝

 

「受けのいいことをするとあとが辛い」
「はい」
「人に受けたときは嬉しい。また受けたいと思うようになるのが曲者」
「いいことではないのですか。前向きで」
「前を向くのが辛いときは苦しい。向かなくてもいい方が楽じゃろ」
「それでは進歩が」
「受けがいいのが進歩か」
「認めら続けますから」
「続けないといけない。これが苦しい。しかも今まで以上のことをしないといけない。これはすぐに果てる。もうこれ以上のことはできない地点がある」
「じゃ、人には受けない方がいいのですか」
「その方が楽」
「それは停滞し、サボっているのではないのですか」
「まあ、サボると楽になるが。余分なことをしないだけなので、別にサボっているわけじゃない。さらに受けたいというのならサボれないがな」
「先生の地位は私が入門してきたときと変わっていません」
「ああ、ちっとも出世せんなあ」
「でも、先生も人に受けたことが何度かあるはずです。そのとき、どうなさっていたのですか」
「それは先ほど言った。辛くなると」
「それを実行されたのですね。凄い知恵ですねえ」
「いや、そんなものはない。さらに受けようとしなかったのはズボラをかませたためじゃ」
「ズボラ?」
「怠け者じゃということ」
「それでうまくいったのですね」
「いや、だからずっと同じ地位なので、これがうまくいったかどうかは分からん。世間から見れば、駄目なんじゃろうのう」
「でも先生は落ち着いておられるし、穏やかで、いつもニコニコしておられます。まるで成功者のように。あ、失礼しました。成功者は取り消します」
「いや、成功したとは言えんので、それでよろしい。そんなことはどちらもいいことじゃよ」
「高橋先生はあのお歳でもバリバリに頑張っておられます。先生とは対照的ですねえ。あ、これは批判じゃないですよ。悪口じゃないですよ」
「高橋君か、あれは後輩だな。辛そうじゃないか。それほどの歳ではないが、疲れもたまり、あの歳でやるにはしんどかろう。ご苦労なことじゃ」
「大成功を収めながら、さらに前へ進んでいます」
「最近は話を聞かんが」
「はい、一寸苦しそうで、止まっているとか」
「高橋君らしくていい。しんどくても前へ前へ出て頑張る。わしにはできんがな」
「あの歳になっても、まだ受けたいのでしょうねえ。あ、これは悪口ではありません」
「君ならどうする」
「先生の弟子ですから」
「わしの話に従うか」
「はい、受けを狙いません」
「それは本心か」
「はい、性分に合わないので」
「だから、わしの弟子になったのじゃな」
「はい、それで楽で楽で」
「楽なのではない。それで普通なのじゃ」
「あ、はい」
 
   了



2024年1月9日

 

小説 川崎サイト