小説 川崎サイト

 

時間帯を違える

 

 末田は立ち回り先で一寸したトラブルがあり、それで時間を食ってしまった。トラブルを修復することで直ったので、問題はない。ただ、時間が掛かった。
 それで次の立ち寄り先へ向かったのだが、その場所のある駅に降りてからの道は同じだが、時間帯がいつもと違う。かなり遅くなったのだ。
 これは毎日のように通っている道。だから見慣れた道。少し時間が遅くなっただけで建物ががらりと変わってしまうわけではない。
 行き交う人や車や自転車、それらも日によって違うが、いつもすれ違う人とかをたまに見かける程度。だから時間帯が違ってもほとんどが見知らぬ人や車を見ているのと同じ。
 また早くもなく遅くもない昼頃なので、いつもはまだ開いていないような店屋は飲み屋ぐらいだろう。夕方に行けば開いているので建物が一寸違って見えるはず。その程度の違いなので、少し遅くに通っても似たようなもの。
 通ったことのない道ではないが、今日は時間帯が違う。だからその時間には通ったことがないことになるが、ほとんど変わらない。
 しかし、その時間帯にならなければ現れない人もいるはず。または表に出ている人も。その時間に玄関先を掃除する人とか。
 しかし、その程度の違いは問題はない。先ほどのトラブルに比べれば関わることのない話。この時間にすれ違う人や、先を行く人の後ろ姿など風景の一部のようなもの。
 そう思いながら、立ち寄り先へ向かっていたとき、「この時間ではない」と急に声が聞こえてきた。ドスのきいた低音。無理にそんな声を出しているのかと思うほど。または、そんな声が出せることを言いたいだけかもしれない。そんなことを末田はまず感じた。
 しかし「この時間ではない」という言葉、少し気になるし、そんな声を掛けられる覚えはない。今までこの道で人と話したことはない。知らない人たちばかりだし、この通りの店屋にも入ったことはない。昼はターミナル駅に戻り、そこの食堂街で済ませているので。
「この時間ではない」
 後ろを見ると、老人だった。人違いかもしれない。
「あなたはこの時間帯の人ではない」
 確かにそうだが、いつ通ってもいいだろう。
「先へ進んではなりません。災いを受ける」
 しかし、立ち寄り先がもうすぐそこ、四階建てのビルが少し見えている距離。
「従わないのなら、難儀なことになるぞ。これは親切心」
 老人は杖をつき、小柄で痩せていた。
 これなら追いかけられても引き離せると思い、このややこしい人から一気に離れ、立ち回り先のビルへと走った。
 気になるので、後ろを見ると老人は杖を振り上げているだけ。しかしそのポーズは杖で戻れ戻れと招いているような感じ。そして老人はその場に立ったまま。
 ビルに入った末田は、そこで用事を済ませたあと、前の道で妙な老人に声を掛けられたと話す。
 たまに出る妖怪で、時間と場所にピン留めされたのでしょ。と説明。
 そんな簡単なことでいいのかと末田は思いながら通りに出た。
 
   了


2024年1月11日

 

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