小説 川崎サイト

 

心の奥底

 

「己を突き動かしているものがあるじゃろう」
「突かれていません」
「心の奥底からの動き、衝動のようなものがあるじゃろう」
「さあ、あまり感じませんが」
「そんなはずはない。己の動きをよく見よ」
「見てますが」
「その己を動かしているものがあるはず」
「それは私でしょうねえ。しかし、命じられれば動きますので、これは私ではありません。私がやるのですが、私が命じているわけじゃありませんので」
「わしの話を聞くか」
「はい、何でもお命じください。今は聞けばいいのですね」
「申すことを聞けと言っておる」
「耳で聞くだけではなく?」
「そうじゃ、わしの言うことを聞けと言っておる。わしの命に従えと申しておる」
「いつも従っていますが。まさに滅私奉公」
「いや、おぬしは聞いておらん」
「逆らってなんていませんが」
「仕方なく従っておる」
「それ以外に道はありませんし、それに家来なので、当然です」
「しかし異論はあるじゃろう」
「ありません」
「本音が聞きたい。何を考えておるのかがな」
「何も考えておりません」
「内から沸き起こる何かがあるはず」
「何でしょう、それは」
「わしに逆らいたいという衝動じゃ」
「そんな馬鹿なことは思いもしません。ありえません」
「しかし、心の奥底にそれがあるはず」
「どうやって探すのですか」
「ん」
「奥もありませんし、そのさらに奥の底など想像もできません。手が届かないです」
「袋からものを出すのではない」
「はい」
「おぬしは大人しい。だから怖い」
「そうなんですか。そんな怖いことなど思いつきもしません」
「本当だな」
「疑い深いですよ。いくらなんでも」
「そうか」
「何処かお体でも悪いのではありませんか」
「そうかな」
「はい、そうだと思いいます」
「うむ」
 
   了

 


2024年1月15日

 

小説 川崎サイト