小説 川崎サイト

 

空気入れ

 

 下田は出かける前に自転車の空気を入れる時期だと気がついた。これは戻るときに、そう思うのだが、自転車から降りると忘れている。
 そんなことなど思いも付かない。その先のことを考えるため。戻ってきたので、次にやることを。
 そして自転車の空気はそのあともう一度外出するので、そのときに入れることにしている。それ以外は入れない。
 そう決めているだけで、いつ入れてもいいのだ。しかし、空気入れのことなど気付かない。ネタとしては小さいためと、緊急ごとでもなく、急ぐことでもないため。
 ではタイヤの空気圧を何処で気付くのか。それは弾みが悪いことで、スピードが出ない。ペダルも重いものを引きずっているような感じ。
 そしてタイヤを見ると、体重などでへこんで見える。そのとき、空気を入れないと、と思うのだが、すぐに忘れる。
 ある日、出かけるとき、自転車の空気入れのことに気付いた。これは良いことだ。いつも忘れるので。
 それは雨が降ったのかサドルが濡れているとき、雑巾で拭いていたのだが、タイヤに目がいった。それで気付いたのだろう。傘も持って出ないといけないが、タイヤが先。せっかく気付いたのだから、いいチャンス。
 それで無事に空気入れが終わり、得心した。長年の目的を果たしたようなもの。チューブが痛んでいるのか、空気がすぐに減る。そろそろ交換しないといけないが、タイヤごと交換も考えている。
 そういう自転車に関わることを思いながら、通りに出た。
 すると傘を忘れているのに気付く。戻るのも面倒なので、そのまま走る。空を見ると、青空が広がっているので、先ほどのは通り雨で、もう来ないだろうという感じ。
 一つのことで熱中していると、他のことを忘れてしまう。空気入れと傘が今回来た。
 集中している状態はそれほど多くはない。常にいろいろなことが頭をよぎったり、見ているものも散漫。あれを見たり、これを見たりと。
 雑念と言うよりも周囲に目配せしている。別に何にも集中していないが、いろいろなことを思っている状態。
 先ほど自転車の空気入れに気付いたのはその状態だったのかもしれないが、やはりサドルを拭くとき自転車を見たため、それで気付いたのだろう。
 では自転車に空気を入れているときはどうだろう。その動作だけに集中しているわけではない。このときも他のことが頭をよぎったり、当然自転車に関することを思い浮かべたりするので、空気入れだけに専念していない。
 だから。それほどの熱中ではない。何もかも忘れて、それだけ、というのはめったにない。
 それで下田は思いついた。習慣化すると勝手にやるかもしれないと。気付かなくても癖のようになっているので。
 しかし毎回乗るたびに自転車に空気を入れなくてもいい。一寸弾みが悪いな、とか引きずるようだとかを感じてからになる。これは毎日のことではないので習慣化しにくい。
 気付くというのはいいことだ。だからその日は空気を入れることができた。しかし、傘は忘れたが。
 そして何か忘れていないかと思える状態にあったのだろう。これは何にも集中していなかったためかもしれない。
 だが、空気入れに気付き、思い出すときもある。しかし、今はいいかと、面倒がってやらない。せっかく気付いたのに、惜しい話だ。
 
   了


 


2024年1月16日

 

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