小説 川崎サイト

 

領主と荷駄隊

川崎ゆきお



 戦いは終わった。
 決着がついたのだ。
 正忠は敗走した。
「お屋形様。屋形が燃えておりまする」
「誰だ」
「お味方かと」
「そちが味方なのは分かっておる」
「いえ、屋形に火を放ったのはお味方衆かと」
「戻れんではないか」
「お戻りになられても、兵はおりませぬ。それならば、敵に館を渡すより燃やしたほうが」
「それより、そちは誰じゃ?」
「小者でございます」
 正忠の近くにはもう家来衆は残っていなかった。
「酒井は? 本田は?」
「逃げました」
「それは分かっておる。わしも逃げておる。なぜ一緒に逃げぬのじゃ」
「さあ」
「何騎残った」
「いませぬ」
 正忠の近くにいるのは荷駄部隊だった。戦闘には参加しないため兵ではない。
「戦は終わった。もう荷駄はよい」
「兵糧を捨てまするか」
「兵がおらぬのなら、いらぬじゃろ」
「お屋形様がおられます」
「みなに分け与えよ」
「かしこまりました」
「さて、わしはどういたせばよい?」
「お逃げください」
「どこへ」
「領外に出れば、追っては来ぬかと」
「わしはもう、領主ではないのだな」
「はあい」
「何がはあいだ。こんなものか」
「さあ、急ぎましょう」
「追っては来ぬではないか」
「落ち武者狩りが始まります。我ら荷駄隊がお守りします」
「そちらも去れ」
「はあ…」
「こんなものかのう」
「はあ?」
「最後まで戦ってくれる武者が一人もおらぬ」
「我らは最後まで」
「なぜじゃ」
「お屋形様の家来衆になりとうございます」
 荷駄部隊の全員が声を上げる。
「何も与える物はないぞ。もうよいから、村へ帰れ。戦いは終わった」
 正忠は荷駄隊の裸馬に乗り、国境へ駆けて行った。
 人望のない領主だったが、命だけは助かった。
 
   了


2007年01月06日

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