小説 川崎サイト

 

黒森地帯

 

「面白味のない男だね、黒森君は」
「そうですねえ、全然面白くありません」
「それでやっていけるのかね、黒森君は」
「いけてますよ。いけていないことでいけているんです」
「面白い言い方だね、君は。そういうのを黒森君に期待しているのだが」
「今、面白かったですか」
「言い方がね」
「黒森君はだからいいんです」
「どういうことだね。面白味がないのがいいのかね」
「疲れません」
「ほう」
「一緒にいると楽なんです。芸をしませんからね、受けるのも疲れるんです」
「面白い芸ならいいじゃないか」
「その面白さに疲れるんですよ。芸をする」
「黒森君は芸人じゃない」
「分かっています。でも僕らは芸をそれなりにしているでしょ。面白くなるような」
「リアクションかね」
「それもありますが、一寸しゃれたことを言ったり、こざかしいことを言ったり、当然笑えるようにしたりとか」
「君は語りもいい。面白いことを言うしね。それが黒森君にはない。そういうことだ」
「だからいいんですよ。相手の笑い話や冗談にいちいち受けるのは疲れますよ。面白くもない冗談でもね。黒森君にはそれがない。だからいいんです。気楽です。テンションを上げなくてもいいので」
「そんなものかね」
「だから黒森君と組んだとき、休めます。他の人もそう言ってます」
「そういうことか」
「はい」
「黒森君には友達はいるのかね」
「当然いません」
「面白味がないからねえ」
「そうです。でも誰とでも親しくしていますよ。僕よりも接している人は多いはずです」
「そうなのか、意外だな」
「これを黒森地帯と呼んでいます」
「面白いねえ。その呼び名」
「恐れ入ります」
「しかし、分かるような気がする。面白い話ばかりじゃ疲れるってことだね」
「あ、お疲れ様でしたか」
「もう行くか」
「はい、芸をやり倒したので、僕も疲れました」
「わしもだ」
 
   了

 


2024年1月25日

 

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