小説 川崎サイト

 

この世は夢幻

 

 一寸乱暴なことをしたため、寺に預けられた若侍がいる。藩政改革で走り回った。走るのが乱暴ではなく、目立ちすぎた。藩の重臣たちはじんわりとそれをやっていく手配でいたので、この若者の動きが目障りになった。
 まだその時ではないし、時期が来れば何かを起こすわけではなく、じんわりとそれはなされ続けていたのである。
 しかし若侍はそこまで一気に走ろうとした。血気盛んな若者だったためだろう。
 それで閉じ込められたわけではないが、病が治るまで寺で暮らすようになった。別に身体を病んでいるわけではなく、名目。かなりやさしい処置だ。藩の重臣たちが、そのように取り計らった。病んでいると。
「落ち着きましたかな」
 僧侶が若侍に聞く。
「この世は夢幻だと思います」
「まだ若いのに、そのようなことを」
「全ては幻」
「しかし、その中であなたは生きておられる。夢でも幻でもありません」
「そうですが。そう思わないとこんなところでくすぶっていられません」
「結構な身分ではございませんか、食べるものもあり、寝るところもありましょう」
「こんなところで世を終えとうない」
 別にそういう沙汰など出ていない。寺に送られ、その後、切腹というケースではない。
「夢は見ますかな」
「見ます」
「毎晩ですかな」
「はい。覚えていないこともありますが」
「同じ夢を見るのは希でしょ。毎晩違う夢を見ているはず。続いていないのです」
「そういえば」
「あなたは今、寺にいる。これが夢ならそのうち覚めましょう。そしてまた違う夢を見るはず」
「でも同じ私が見る夢でしょ」
「さあ、夢の中のあなたは子供かもしれませんし年寄りかもしれません」
「でも、同じ私でしょ」
「そう思えるだけかもしれませんがな。夢の中では別の人になっていることもあるでしょ」
「目が覚めたときは、あれはやはり私だったと分かります」
「あなたの中での夢ですからな。当然でしょう」
「分かったような分からないような」
「まあ、しばらくの辛抱です。すぐにここから出られるでしょう」
「そう願いたいところです。私には夢の続きがありますので」
「もう少し長引きそうですなあ」
「え」
「この世は夢のようなものですが、それは最後の最後に思えば良いこと。今はちと早い」
「あ、はい」
 
   了


 


2024年2月1日

 

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