小説 川崎サイト

 

二枚の絵

 

 牧原の相悦は迷っていた。どちらもよかったのだが、どちらも良く、どちらも悪い。だからどちらもよい。
 相悦はその二枚の絵をずっと見ていた。どちらを垣原様に渡すかだ。頼まれたのは一枚。二枚ではない。
 調子に乗り、二枚書いてしまった。一枚は渡さなくてもいい。そのため、残る。
 渡した方はもう相悦の手元にはないので、見る機会もないだろう。ふすま絵や屏風絵や掛け軸の絵なら見に行くことはできるが、垣原様とはそれほどの関係ではない。また垣原屋敷に行くようなことなどない。間に人が入っており、頼んできたのはその商人。
 相悦は弟子を呼び、どちらがいいかと尋ねた。師匠の絵を判定するようなもの。ここでは迂闊なことは言えない。
 もし相悦がどちらかを気に入っているとなると、それを示した方がいい。こちらがいいと。しかし弟子には似たようなものに見える。違いが分からない。
 どちらもよくできており、不足はない。だからどちらもよろしいかと答えてしまう。師匠は不満。どちらかに決めて欲しいのだ。それでは弟子を呼んだ意味がない。
 だが、それは弟子に判断してもらうことになり、相悦の判断ではなく、投げているのだ。そのため、やはり自分で決めないといけない。だが、どちらでもいいのだ。
 垣原様とは面識はない。会って少し話せば垣原様の様子も分かり、どちらが好みかが掴みやすい。垣原様ならこちらを選ぶと。
 これは顔を見ただけでも分かったりするものだ。そこは観察眼の鋭い絵師だけのことはある。しかし、今回は手がかりがない。
 問題は二枚書いてしまったこと。そして弟子にもう一度好きな方を選んでもらうことにした。二回目だ。
 弟子は、同じように見えるので、結果は先ほどと同じ。どちらでもいいとなるのだが、師匠の好みを弟子なのどでよく知っており、師匠なら、これを選ぶだろうというのを伝えた。今回は決めた。こちらの方だと。
 師匠はそれを聞き、納得した。なぜなら最初に書いた絵だったため。やはり二枚目は書く必要はなかった。
 しかし万が一のため、牧原の相悦は二枚とも商人に渡した。その商人、間に入っただけなので、絵を適当に見ただけで、すんなり受け取った。
 そして商人はその二枚を垣原屋敷に持って行く。 垣原は二枚の絵を見て、満足したようだ。
 商人はどちらかを選んでくださいとは言わなかった。
 牧原相悦の絵が二枚手に入ったので垣原は喜んだ。
 問題は画料だ。ここは商人の勝負どころ。相悦の絵の相場は伝えてある。それ以下では売らないと言っているようなもの。
 垣原が支払った画料は絵の大きさの相場から言えば二枚分だったので、商人は安心した。当然商人はその中から手数料を取る。これが仕事なので。
 その話を商人は相悦に伝えた。二枚とも売れたと。
 相悦は「そうか」とだけ答えた。
 
   了

 


2024年2月6日

 

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