小説 川崎サイト

 

神仏の秘密

 

 田村の賢者が田村村にいる。元は武士。今も武士だが世を捨てている。そのため武家奉公はしていない。主君はいるが本人は仕えていない。
 これでは武士としての意味を成さないのだが、主君を変えることもよくあった。そのため田村の賢者など大人しいもので、引退した程度。家は息子が継いでいるので、気楽なもの。
 その田村の賢者に、こざかしい小坊主が尋ねてきた。凄い人物を回るのが趣味のようで、子供なら当然好奇心旺盛。実際に役立つような知恵を伝授してもらうのではなく、ただの好奇心。ある意味純粋だ。自分のためだけの話なので。
「神仏はどうして生まれたのでしょうか」
「さあ」
「分からないのですか」
「神が生まれるところなど見ておらんからなあ」
「想像で結構です」
「ならば何とでも言えるので、いい加減なもになるぞ」
「神仏を作った神仏もいるのですか」
「それなら切りがなかろう」
「そうですね」
「それに神仏などおるのかのう」
「え」
「見たか」
「いいえ。でも時たま感じることがあります」
「感じでは弱いのう」
「そうですねえ。どうとでも言えます。錯覚だったりしても」
「小坊主さん」
「はい」
「童の頃はそういうことを考えるもの」
「大人になれば考えませんか」
「考えても詮無きこと。あまり役に立たんし、いい加減なものなど信じるほど馬鹿じゃない」
「でも多くの大人は神仏を信じておりますが」
「何でもいいのじゃ、神でも仏でも、違うものでも。ただ神仏は使い回しがいいし、よく知られておるのでな。これなら不審がられん」
「じゃ、不審なものを信じている人もいるのですね」
「不審かどうかは分からんが、不思議なものなら、何かありそうじゃろ」
「神仏は心の中にあると聞きました」
「方々でそういうことを聞いて回っていると、そんなことを言う御仁もおられよう」
「私の中にも神仏がいるのでしょ」
「じゃ、それを拝めばいい」
「でも自分自身を自分で拝むなんて、おかしいですが」
「その案は採らぬか」
「おかしな人になってしまいます」
「そうじゃな、神仏だけがいるとは限らんからのう」
「頭で考えても神仏など分からないと聞きましたが」
「じゃ、何で考えるのかのう」
「感じ」
「勘違いもあるでよ」
「では田村の賢者様は何がよろしいとお思いですか」
「手法か」
「はい。是非ご伝授を」
「知ってしまうと面白うなくなる」
「そうなのですか」
「だからこそ神秘。神は秘密のもの。見ては駄目なのじゃ」
「秘されているからいいのでしょうか」
「少しは漏れておる。またチラチラと見えておる。そのものではなく、その境目のような箇所がな。だが誰も見た者はおらん。もし、いたとすれば、当たり前のものが当たり前のようにあるだけやもしれんのう。わしも見たことはないが、それこそ知らぬが仏」
「ご教授、ありがとうございました」
「理解したかな」
「いいえ」
「あ、そう」
 
   了



2024年2月19日

 

小説 川崎サイト