小説 川崎サイト

 

蟹の斜め走り

 

「蟹田がか」
「入りました」
「あの大人しい蟹田がのう」
「珍しい動きなので、報告しました」
「父親も了解の上だろうなあ」
「許可を得たでしょ」
「まあ、親睦会じゃ、それだけのこと。何かを成すような集まりではない」
「若者には人気があります」
「蟹田の息子はそれまで何をしていた」
「え、そういった親睦会関係ですか」
「そうだ」
「何処にも入っていなかったようですが」
「じゃ、急にどうしたことなんだ。そこに志を見出したのか」
「そういう若者ではないようです。父親と同じで、大人しく、目だちません」
「だから報告してきたのだな。よし、では父親を調べろ。蟹田家の当主だ。指図したのは、父親かもしれん」
「なぜですか」
「息子がそんなところに入るなど許さんだろう。蟹田のこれまでのことからして、そんな目だったことはせんはず。息子を止めるはず。ということは父親も承知の上、むしろ息子に命じたのかもしれん」
「ややこしいですが、蟹田にそんな存在感はありませんよ。あるかないか分からないような家です」
 その後、この藩の評定会での動きが変わった。蟹田の息子の動きが反映したのだ。蟹田が動いたと。
 息子が動くということは蟹田家も動いたと言うこと。旗色をはっきりと示したようなもの。当然蟹田は評定に出られるほどの身分ではない。そのため大した影響力はない。
 蟹田家はこれまで、前後には動かず横に動いてきた。蟹歩きだ。しかし、今回は横ではなく、斜めに動いたのである。
 評定会の重臣たちは、それを問題にした。息子が親睦会に入っただけで、何も起こっていないし、その親睦会も何の力もない。
 評定会ではその親睦会が押そうとしているとある重臣を首座に据える決定をした。評定会の上にある長老も認めた。
 これで藩政が変わった。変えたのは蟹田と言うことになる。蟹田家当主と仲のいい僧侶との会話の中に、その真相がある。
 たまには一寸違うことをしたかったらしい。藩政改革の志などとは関係なかったようだ。
 
   了

 


2024年2月22日

 

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