小説 川崎サイト

 

平田の文句

 

「従ってくれるはずだが、行ってくれるか」
「使者ですね。一人でですか」
「公なものじゃない。わしからの頼みじゃ」
「では早速行って参ります」
「素直に従ってくれると思うが、一筋縄では行かぬ相手。いろいろごちゃごちゃ聞いてくる。どういう意味なのかとな。分かっておるくせにいちいち突っ込んでくる。面倒なやつだ平田は」
「平田殿は一家言ある方だと聞きましたが、そんなにうるさいのですか」
「おそらく承諾するだろう。それしか手立てはない。受けることは分かっておる。平田もな。しかし、ごちゃごちゃ文句を言わんと気が済まんらしい。それを聞きに言ってくれるか。それが使者の役だ。伝えるだけではなく、平田の意見をよく聞くことじゃ。聞くだけでいい。屁理屈を並べ立てるだけなのでな。それに付き合う必要はない」
「面倒そうですねえ」
「わしが行けば素直に従うだろう。文句など言える立場ではないのでな」
「文句の聞き役ですか」
「わしにはそんな文句など言えぬからな。おぬしなら言いやすい。それだけのことだ」
「分かりました。行って参ります」
 
「どうじゃった」
「はい、渋々承諾しました。承ると」
「もったいぶったな」
「しぶしぶです」
「いや、従うのは最初から分かっておるのじゃ。わしからの使者が来たと分かったとき、もう了承したのと同じ。用件は分かっておるはず」
「でも長々と問い詰めてきました」
「わしの言った通りじゃろ。その方はそれを聞けばいいだけ。ご苦労だったなあ」
「平田殿は本当は反対らしいのです。しかし、殿の頼みなら従うしかないと」
「恩に着せたか」
「わしからの頼みでなくても、その話は他の者から出たときも平田は受けるしかないのだ」
「でも平田殿の意見も聞くべきものがあります」
「聡明で達者だからのう」
「お口の達者さでは類はないかと」
「こね回しておるだけじゃ」
「そのこね回し方、見事でした」
「全部聞いたか」
「はい」
「最後まで聞いたか」
「もう最後の方は平田殿も疲れてきたようで、声もかれてました」
「吐き出したな」
「おそらく」
「ご苦労。休むといい」
「はい。疲れました」
「うむ」
 
   了


 


2024年2月23日

 

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