小説 川崎サイト

 

元々は一つ

 

「元々は同じ一族なのじゃ。争うのはやめた方がいい」
「しかし、もう何代も前の話です。今では全く違います」
「元々は一つなのじゃ。同じなのじゃ」
「ぜんぜん違います。むしろ加藤家との間の方がいい関係です」
「加藤家は同族ではない」
「でも同族同士がどうして争うのでしょうねえ」
「同族だから争っておるわけじゃない。ただの境界線争いだ。何処にでもあること」
「でも、元々は一つだったのでしょ」
「それはわしが先に申した。だからそこのところをよく考えろと上家に伝えろ」
「我ら下家がそうでも、上家が聞いてくれますか」
「上家は本家。一応な。だからこういうことは上家が進んで和解の労を執ってもらわんと困る。分家から言わすものじゃない」
「上家と戦うとなると、加藤家が味方してくれるようです。密約です」
「その代わり、奪った上家の一部を加藤家に与えることになる。元々わしら一族の土地なんだ。だから加藤家の動きに乗るな」
「もう乗ってしまいました。だから密約を交わしました」
「一族の領地が減るぞ」
「しかし、上家は私たちの領地ではありません。今やもう他国」
「だから、元々は一つだと申しておる。それを分けてはいかん」
「では上家にそう伝えます。このままでは加藤家が得をするばかりだと。でも言いたくないのです。もう別の一族のようなものですから」
「余計なことを考えずに、わしの言を伝えてくれ。上家の家老立花殿に伝えるのじゃ。わしと同じ考えを持っておる。元々一つだとな」
「じゃ、行って参りまる」
 
「どうじゃった」
「伝えるだけは伝えました」
「立花殿の反応は」
「その通りだと。それが一番だと」
「そこまではいい。あとは立花殿がどの程度上家を説得できるかだな」
「しかし、いけそうな感じでした。立花殿も乗り気ですし、やれそうな雰囲気でした」
「そうか。それはよかった。元々は同じ一族。それを考えると戦うなど有り得ん」
「はい」
 
 上家家老立花から密書が来た。
 上家下家、つまり本家と分家で加藤家を攻めるという話だ。これで上家下家は争わなくてもいい。境界線争いも、加藤系の領地を取れば解決する。
「これでは加藤家を裏切ることになります。それに加藤家とは良好な関係ですよ。上家との戦いでは加勢すると言っているほどですから。これは裏切りに近いですよ」
「加藤家は同族ではない。だからいい」
「では、攻めるのですか」
「それで本家と分家が争わずに済むのならな」
「では同意するのですね」
「しない」
「では、この密書を握りつぶすのですか」
「つぶさない」
「え、じゃ、どうするのです」
「加藤家は攻めない。しかし上家と一緒に攻める案には同意保留中とする。しかし、しない」
「何と半端な」
「これで上家と下家との境界線争いは当分休みだろう」
「そういうことですか」
「元々は一つだった。それだけのことだ」
「でも二つですよ。どう見ても」
「そう説得するしかないのじゃ」
「あ、はい」
 
   了


2024年3月3日

 

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