小説 川崎サイト

 

高家

 

 益田城は領地規模に比べ大きな城。といっても何層もからなる大天守などはない。城主のいる城で、持ち城。主君から任された城ではない。
 だが益田城の領地は一か村あまり、飛び地もあるが、それにしては領主だが城主という規模ではない。庄屋屋敷程度が妥当だろう。
 しかし、一か村の領主にしては家来が多い。いずれも立派な武者達。一寸した兵力だ。ただ、それを養うだけの年貢はない。
 その武者達は田畑を耕さない。だから郷氏とか国人とは少し違う。その土地に根ざしていないのだ。外から来たお武家。
 そして益田城主に主君はいるが衰退している。だから無視してもいい。だから主君なしと同じ。
 ただ官位はあり、近くの大名よりも少しだけ高い。しかし朝廷に仕えているわけではない。形の上ではそうだが。
 家格が高い家で、一か村しかないのに何処の大名家にも仕えていない。そして他家は益田家を奪おうとはもうしない。
 一家村ぐらい取っても仕方がないのではなく、義理が悪いし、体裁も悪いため。つまり、今でこそ一か村だが、村が集まった群ではなく、一カ国を超える領主だった。周辺の大名家も一カ国を取っていない。その一部だ。つまり益田家はこの地方の守護だった。
 だから隣国の大名家と言っても元々は益田家の家来。または家来の家来が奪ったことになる。
 最後に残った一家村ぐらい、どうでもよかったのだ。それに益田家を滅ぼすのは、気が引ける。主家だった益田家を滅ぼす真似は、さすがにできなかったようだ。
 益田家は当時の幕府の重臣でもあった。しかし幕府の勢いがなくなり、世は乱れていた。
 益田家の当主は代々都に住んでいた。だから領地は家来任せ。守護、地頭の地頭が取ってしまったようなもの。
 そして零落した益田家は、都落ちし、領地に引っ越した。しかし、そこも次々と奪われ、一家村にまで減った。益田家に仕えている家来達も多くは散ったが、まだ付いてくるものがいた。
 村の庄屋規模の屋敷なのに、それなりに立派で広いのはそのため。
 それだけの一族郎党を食わせていくだけの米は村にはない。それにいろいろと金がかかる。といってで稼ぎに行ったり、特産品を売ったり、鉱山があり云々もない。
 それを支えていたのは益田家の領土を奪った元家臣からの支援だった。さすがに悪いと思ったのだろう。
 何せ名門。地位だけは高く、また都にいただけに朝廷との関係を残している。
 また、大大名家との関係も深いので、利用価値がある。
 益田家は戦国時代を生き抜き、平和な世の中になった頃は万石近い領地を与えられ、由緒正しい家系の末裔に与えられる高家となった。
 
   了



2024年3月13日

 

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