小説 川崎サイト

 

作文教室

 

 島田は作文教室に通っている。講師は小説家だが、聞いたことがない名。本は一冊だけ出ているが自主出版らしい。電書版はない。
 この人に何かあるのではないかと穴場狙いのように島田は思い、通うようになった。本職は作文教室で、自宅でやっている。そのほかにも講師や綴り方の先生として方々で活躍している。しかし、ただの時間給で雇われた講師。
 人柄が良く柔軟で、人当たりも良いので、雇いやすいのだろう。それと文豪の風格があり、写真写りも良い。
 その日は他の生徒がいないので、サシで教えてもらうことになる。自宅の教室なので、これは内弟子のようなもので、数は多くない。そして月謝も安い。
「言葉にならないものを言い表す。これが極意なのですが、結局のところ言葉から外には出られない。分かりますか、このジレンマが」
 作文教室にしては難しそうな話だ。島田が思っていた通り、穴だ。これはもしかすると凄い先生で、島田はその直伝を受けているのではないかと錯覚した。
 それは先生のものの言い方が良いためだ。非常に穏やかな声で、さらさらと語っている。何度も何度も語っていたことなので、磨きがかかっているのだろう。それよりもオーラーのようなものを感じる。身体の輪郭から光るものが出ているわけではなく、暖かな風を感じる。
「言葉を重ねなさい。すると出てくるかもしれませんが、無駄打ちに注意すること」
「言葉と言葉の間というのがありますねえ」
「はい、あります。何々と何々の間ぐらいの言葉でしょ」
「はい。その場合はどうするのでしょうか」
「どっかから連れてきなさい」
「あ、はい」
「またはその言葉の前後を飾りなさい。何かを付け足し、軽さ重さなどを伝えるためです。そして間を次々と詰めていくのです」
 これはやはり凄いことを聞いていると、島田は感じたが、まあ、その程度のことなら、島田も知っていた。だから、この先生の言っていることがよく分かる。それだけでも聞きやすい。思い当たることがあるためだ。
「言葉では結局言い表せない。それを承知の上で投げを打ちなさい。上手く行けば相手を倒せます」
 武道か。
「言外の言というのもありますねえ」
「それそれ。そのタイプが全てです。言っていることは大したことじゃない。しかし、何を言おうとしているのを感じなさい」
 これも島田は知っていたが、読む側の協力がいる。「優れた文とは、その文では何も言っていない。ただ聞いた人、読んだ人は何かを誘発する。それを引き出す文が良い文章なのです」
 島田は感心した。やはり凄い先生だったと。
 それで、戻ってからその先生が一冊だけ出している小説本が競売に出ていたので、高値だが、買う。
 読んでみると、何を言っているのかさっぱり分からない。数ページで挫折した。
 結果はこれかいと、もう二度と作文教室には行かなかった。
 
   了




2024年3月15日

 

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