小説 川崎サイト

 

落城の時

 

 城内の動きが慌ただしいが、そっと歩いている兵もいる。
 大天守の脇にある門を守っている坂田は思案げ。
「居残るつもりか」
 同輩に聞く、身分も同じような倉橋に。
 家来は伴っていない。彼ら自身が足軽なので、足軽に下僕はいるが、連れてきていない。この城を守るとき、これは無理だと考えたからだ。下僕も知っている。
「殿様はどこにいる」坂田が聞く。
「要手の倉の中だ」
「じゃ、この天守を守っても仕方あるまい」
 そこを、もう一人の足軽が静かに歩いている。そっと。
「出るのか」
「ああ」
 逃げ出しているのだ。
 坂田は同輩の倉橋にそのことを聞いていた。
「この天守が落ちると不味い。だから残る」
「しかし本丸まで来られては、もう落とされたのも同じ。天守など守っても仕方あるまい」
「じゃ、もっと前に出るか」
「勝手なことはできない」
「そうだな。ここが受け持ちだからな」
 それでは話が進まない。坂田はもう一度聞く。知りたいからではなく、それは何度も聞いた。その先を聞きたい。
「残るのか」
「駄目か」倉橋が少し崩れた。
「しかし、他の奴らに悪い」
「組頭は先に逃げたぞ。残っているのは我らだけ。勝手にしてもいいだろう」
「そうなんだがな」
「今なら落ちられる。このままじゃ城を枕に討ち死に。どっちを選ぶ」
「落ち武者か。しかし、まだ勝敗は決まっておらん。援軍が来るとの噂もある」
「それは嘘だ」
「分かっている」
「今なら敵の本隊は城をまだ囲んでいない。今その際中だ」
「木槌の音が聞こえる。それなんだな」
「陣地を作っているんだ。囲むためにな。今なら手薄。落ち武者狩りもない。まだ落ちていないのだからな」
「しかし、敵さん、いきなり来たのう。いきなり城攻めか」
「降参してくれればありがたいのだが、そのつもりはないらしい」
「困ったのう」
「だから、相談だ。逃げよう。落ちよう」
「しかし、あとでえらい目に遭うぞ。裏切り者として」
「叱る相手は滅んでもうこの世にいないだろう。そこまで付き合えん」
 そこをもう一人の足軽が静かに前を通り、門から出た。
「沖田殿も逃げたようだ。もう決まりだろ」
「組頭が来ると不味い」
「だから、先に逃げたんだ。姿を現さない」
「じゃ、一寸城を出るだけなら」
「そうそう、それでいい。行こう。行こう」
「危なかったら引き返すぞ」
「いや、戻る方が危険だ」
「そうだな」
「敵将の知り合いを知っている。矢口村の庄屋だ。そこで今後のことを相談しよう」
「要するに、敵に寝返るわけだ」
「嫌か」
「いいや。行く」
「よし、決まった。ただし急ぐな。静かに動け。そっとな」
「ああ、そのつもりだ」
 
   了


2024年3月18日

 

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