小説 川崎サイト

 

ここには何もないのです

 

 高橋は宝が隠されている洞窟の最深淵部に到着した。そこで穴は行き止まり、もう何もない。宝箱らしきものも。
「もうここには何もありません」と声が聞こえた。誰だろう。洞窟はほぼ自然なまま、人が手を加えた形跡はない。
 そんなところにスピーカーが仕掛けられているとは考えられない。それに電源はどうするのだ。その音を鳴らす程度なら太陽発電で何とかなりそうだが、地の下での話。では地熱発電か。しかし、コードがいるだろう。
 それに声を出すきっかけとなるセンサーのようなものもいるはず。
 高橋は何にも触れていない。突き当たりの穴を歩いただけ。地面を踏んだことがトリガーになったのか。しかし足下を見ても、それらしいものはない。
 高橋は答えは分かっていた。だから別の理由を考えていたのだ。しかし不可能。
 やはり「ここには何もないのですよ」の声は高橋から発したものだろう。口に出してはいないので耳から聞こえてきたのではないが。
 声を出さないつぶやきのようなもの。これは声とは言えない。そういう言葉を思い浮かべただけ。
 しかし、何もない。宝の地図は嘘だったのか。イメージ的には突き当たりに宝箱があるはず。しかし、それが置かれていた形跡はない。だから、最初からなかったのだ。
 あみだくじのスカを引いたことになるが、高橋は慣れていた。過去にもそういう例があったため。
 しかし、手で持てる程度の箱なら大した金額にはならないだろう。全部金でも。
 それにそれを換金するのが大変。ただ、これはルートがあり、高橋は知っている。ただし、それで一生楽に越せるほどの額ではない。金塊よりも宝石の方がいい。伝説上の宝石とかだ。これなら一生遊んで暮らせる。しかし売るためのルートを見つけるのに一生かかりそうだ。
 小判がざくざく出てきたとしても、千両箱一つぐらいの量では何ともならない。かなり助かるが、一生とまではいかない。
 高橋は、引き返すことにした。しかし、よくできた洞窟で、かなり下まで続いている。階層があるわけではないが、崖のようなのがあり、下へ下へと繋がっていた。
「諦めたか」
 また、高橋自身の声。確かにそうだ。諦めるしかない。もう可能性はないのだから。
 他の穴を探しても同じ。地図で示されていた最深淵部にないのだから。
「地図の間違いではないか」
 高橋は一寸足を止めた。上り坂なので疲れたためもあるが、地図の書き違いもあり得る。
「諦めないな」
 そうなんだ。それらしき横穴をいくつも通過した。それらを念のために調べてもいい。
「そんなことをすると迷ってしまい、出られなくなり、白髪鬼になるぞ」
 そんなことはない。よほど恐ろしい目に遭わない限り。
 それに電池が持たないだろう。ここはひとまず出ようと高橋は、洞窟内の崖を登り、何とか外に出た。
 そこには大勢の人たちがいた。
「どうだった、どうだった」と、一斉に話しかけられた。高橋が発した言葉ではない。高橋と似たような人たちの肉声だった。
「ここにはもう何もないんだよ」と高橋は声を出して答えた。
 
   了




2024年4月1日

 

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