小説 川崎サイト

 

雲を掴む話

 

「世の中はねえ、君は気付いていないが、いろいろなものがすぐ身近で、いやいや、身体の中でも起こっているのじゃよ」
「それは何でしょうか」
「知らなくてもいい。調べれば反応していること程度は分かるがね。それを見ていてもさっぱり分からん」
「どの方面のことを言っておられるのですか」
「この方面もあの方面もない全方向全てじゃ」
「知らないうちに事が運んでいることも確かにあります。でも調べれば分かったこと」
「気になるものは調べる。大事なことのはずじゃからなら。しかし本当の大事は気にならないところにあるので厄介じゃ」
「ではどうすればいいのでしょう」
「何ともしがたい。そういうものだと思うしかない」
「諦めが肝心と」
「まあ、諦めても同じことじゃがな」
「でも長く後悔することがないので、すっぱりと諦めた方がいいのでは」
「そうじゃな」
「しかし、何が起こっているのでしょう」
「今も起こり続けておる。知らぬだけでな」
「それがいつか現れると」
「一生遭遇せんこともあるし、明日突然現れることもある」
「それは何でしょう」
「全てのことじゃ」
「では気付かない方がいいのですね」
「いずれ気付かされるので、今はいい。それに全てのものなので数え切れんし、多すぎる」
「でも分かっていることもあります。気がついていることも」
「そうじゃな、ほんのわずかじゃが、見えておるものもある。ごく一部だ」
「はい。それだけで十分かもしれません」
「世の中は分からぬことの方が多い。少し分かったとしても大したことはない。何も知らぬのとそれほど差はないのじゃよ」
「では学ぶのは無駄ですか」
「気休めにはなる。それに君は学ぶためにここにいるのだろ」
「そうです。少しでも賢くなりたくて」
「教える先生は多い。なぜわしのところに来た」
「具体的な学問じゃないので、楽そうだったので」
「そうか、楽か」
「はい、雲を掴むようなお話ばかりされると聞きましたので」
「藁は掴めるが雲は掴めんのう」
「だからいいのです」
「そうか」
 
   了





2024年4月4日

 

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