小説 川崎サイト



鳥が来た

川崎ゆきお



「来ているのですよ。鳥が」
「分かりました。すぐに伺います」
「お願いします」
 鳥追いはすぐに到着した。
 この場所は二度目だった。
「朝からどうもすみません」
「いえいえ、仕事ですから」
「この時間は鳥は来ないのでお呼びしました」
「二度目でしたね」
「前回は助かりました。お陰で客も戻って来ましたし、新しい客も続けて来るようになりました」
 マスターはモーニングセットを出した。
「ここは鳥が居着きやすいのです。何と言うか、止まりやすいのです」
「まさか、こうなるとは思ってなかったものですから」
「で、どんな感じですか?」
「話しかけるのです。若いお嬢さんが来ているときなど」
「男には?」
「観察するような感じで、見ています」
「一羽ですか」
「そうです」
「ご自身で何か手を打たれましたか?」
「前回、指導を受けた通り、無視するように、無愛想にはしています。でも、効果はありません。どんどん囀ってきます。甲高い嫌な囀りです。あの鳴き声が聞こえてくると虫ずが走ります」
「飛来してからどれぐらいですか?」
「ひと月になります。もうそれで、ここの主のように振る舞っております」
「ここは学生街で若い人が多いと、前回聞きましたが、その鳥は?」
「倍ぐらいは違うでしょう。場違いだとは言い切れませんし、そういう常連さんもいます。いや、いましたと言ったほうが正しいでしょう。あの鳥のお陰で来なくなりました」
「前回もお話しましたが、鳥は悪いことをしているわけではないのです。もう一度それを確認して下さいますか」
「確かにお客様ではあります」
 マスターの鼻が歪む。
「はっきり言って営業妨害です。害鳥です。商売上がったりだ」
「閑古鳥の前兆。まあ前座のようなものでしょう」
「奴らは何処から飛来しよるのでしょうな」
 マスターは憎々しげに鼻をさらに曲げた。
「生態です。習性です」
「どんな?」
「まず、止まり木があること」
「このカウンターは桜材で、非常に高かったのです。私はこのカウンターを気に入っております。ですから以前指摘されましたが、これを外すことは出来ません」
 鳥追いは、桜材のカウンターをポトリと叩いた。
「これがなければ、すぐに解決します」
「ですから、それは出来ない相談で、前回のようにお願いします」
 鳥追い人は、今度は小さくカウンターを叩いた。
「御主人は客と一切話さないこと」
「心掛けています」
「御主人の態度を鳥が見ています。野球の話、競馬の話、そう言った話を客となさったことはありませんか」
「競馬好きな常連さんがいまして、その程度は挨拶がてらに……」
「挨拶程度ですか? 会話状態になっていませんか」
「私も好きなので、多少は……」
「例えば喫茶のチェーン店で、店長が客と私事の会話をすることはご法度です。ところが、こういう店にはその法度がない」
「ここは私の店ですからね。気に入った客となら話しますよ」
「そこに隙があるのですよ。それは前回も説明しましたよね」
「はい」
 マスターは鼻をすすった。
「それに、壁に貼ってあるそのポスターもよくありません。まだ剥がしていないのですか」
 壁には古ぼけ、脱色した状況劇場のポスターが貼り付けてある。
「これは私の青春時代の……」
「その横にある浅川マキのポスターもよくない」
「これは西部講堂でのコンサートのときの珍しいポスターです」
「唐十郎や浅川マキ。そういう匂いを鳥達は敏感に嗅ぎ、居着いてしまうのですよ」
「君は、この二人の真髄を知っておるのか」
「御主人とは世代が違います。名前を知っている程度です」
 鳥追い人は二つのポスターを取り外すことを再び命じた。
「鳥を呼び込んでいるのは御主人ですよ。それを確認して下さいね」
 マスターは渋々承諾した。
「では、鳥追い作業、お願いします」
「はい、駆除作業に入りましょう」
 一週間後、止まり木に飛来する鳥の姿は消えた。
 鳥追いは謝礼を受け取った。
「見事です。御苦労様です。お陰で鳥は来なくなり、常連客も戻って来ました」
「また鳥が来たら連絡して下さい」
「それより、一体どんな方法で駆除したのですかな」
「それは業務秘密です」
 鳥追い人がぶら下げている鞄の中には工具が入っていた。
 カウンターの椅子を不安定にさせるため、ネジをゆるめたのだ。
 
   了
 

 
 

          2005年6月27日
 

 

 

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