小説 川崎サイト

 

花見

 

「今年も花見の季節ですなあ」
「そうですねえ」
「何処かへ行きますか」
「去年もそんなことを聞いていたような」
「ああ、言ってましたかな。あなたは花見になど行かない人だ。それは分かっているのですが、心境の変化で行くようになったとかもありますしね」
「変化はありません」
「じゃ、今年も行かないと」
「決めたわけじゃありません。その気になれば行きます。禁止事項ではありませんから」
「そうですなあ、花見禁止令など聞いたことがない。どんなに貧しい農村でも花見ぐらいいいでしょ。それほど贅沢なものを食べるわけじゃないしね」
「花見よりも人が多いので、人を見てしまいます。せっかくの自然なのに、人ばかりが気になりましてね」
「じゃ、深山の山桜ならいいでしょ」
「そこに行くまで電車やバスに乗らないと行けないでしょ。ターミナル駅なんて人だらけ」
「じゃ、近場で誰もいないようなところはどうですか。庭木の桜ならいいのではありませんか」
「見知らぬ者が他人の家を伺っているように見えますよ」
「立ち止まらなければいいのですよ」
「じゃ、散歩のようなものですか」
「桜並木の歩道なんかは怪しまれませんよ。ただの散歩か移動中なので」
「そういう並木道、知ってますが、見学者が多いのです。いかにも桜目当てに歩いているような人たちが急増します。咲き誇っている時期はそうです」
「つまり、あなたは桜よりもその周辺が気になるのですね」
「そうです、気が散ります」
「じゃ、庭があるとして、その庭の桜の木ならどうですか。あなたの家の庭です。そしてあなたの桜」
「まあ、愛でるでしょうねえ」
「じゃ、桜を植えればどうですか」
「そこまでして見たいわけじゃありません」
「ああなるほど」
「今は桜が気になりますが、シーズンが終わればもう忘れてしまい、見向きもしません。だから一過性のもの」
「それがいいのですよ。サッと咲きサッと散るところが」
「いいのですがね。わざわざ植えたり、出掛けたりして見るほどのものじゃないと私は思います。それに草花とかはあまり興味はありませんから。たまに見ますがね。綺麗だとは思いますが、それだけです」
「それでいいのですよ。それだけでいいのですよ」
「あ、そう」
「じゃ、今年も行きませんねえ」
「行こうと思えば行けますが」
「じゃ、これから行きましょう」
「何処へ」
「さっきから人の話を聞いていなかったのですか。花見ですよ。花見」
「ああ、そうでした」
 
   了


2024年4月7日

 

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