小説 川崎サイト

 

既にある

 

「最近はどうも釣れん」
「いつもよく釣っておられるじゃないですか」
「いいのが釣れん」
「しかし、釣らなくても既に持っておられるのではありませんか」
「釣るのが楽しい」
「でも十分、持っておられますが」
「それはいい。同じものでも良いものなら何度も釣りたい。そして持っておく」
「随分と溜まったのではありませんか。これ以上必要なのでしょうか」
「いや、だから釣るのが楽しい。たとえ雑魚であっても、何がかかったのかと分からないときは、釣り上げたときの楽しみとなる。雑魚でがっかりが多いがな。まあ、雑魚でも逃がさず、持ち帰ることもある。一寸風情のある雑魚だとな」
「でも最近は不漁とか」
「釣れることは釣れる。不漁ではないが、気に入ったものがなかなか釣れん。毎回良いのが釣れる方がおかしいのじゃがな。これは時期がある。良いのが続くときもあるが、ずっとではない」
「良いものとはどういうものでしょうか」
「人により違う。わしが雑魚だと思っているものでも他の者にとっては良いものじゃ。わしは釣り上げてもすぐに逃がすがな。それじゃないと」
「はい」
「それと誰が見ても良いものというのがある。不思議とな。好みの一致する御仁が多いのだろう」
「人気があるのですね」
「人が気に入る率が高いのじゃ」
「ご自身はさほどとは思っていなくても、その人気のあるものが釣れた場合、如何いたしますか」
「持ち帰る」
「はい」
「生け簀に入れて、そのままと言うことになるがな。たまには食べる。しかし、それほど気に入ったものではないので、滅多に食べぬがな」
「でも既にある良いもの数も多くなっているでしょ。既に持っておられるので、さらに増やしておられるのですから。それは食べておられるのですか」
「良いものは多く持っておる。しかし食べると、終わる。消える。だから良いものが切れぬように、溜めておるのじゃ」
「釣らなくても、既に持っておられる。理由はそういうことですか」
「そうじゃな。既に持っておるものも食べれば終わるでな」
「しかし、なぜか食べるより、釣る方がお好きなようですが、それは如何に」
「食べるために釣る。だから釣りも楽しい。釣らなければ食えんじゃろ」
「その通りですねえ」
「既にあるが、すぐになくなる。そういうことじゃ」
「あ、はい」
 
   了



2024年4月15日

 

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