小説 川崎サイト

 

一番の部隊

川崎ゆきお



「ご覧になったように、戦況は芳しくありません」
「負けると決まったわけではないでしょう」
「適当なところで、退却します」
「それが賢明かと」
「原因は、何でしょう?」
「原因?」
「勝てない理由です」
「勝てなくてもいいのでは」
「まあ、そうなのですが、もう少し新しい方法でないと、いけないのではないかと思いましてね。あなたをお呼びしたわけです」
「私は机上の人です。実戦は得意ではないのです」
「参考までで結構です。何かご意見を」
「この軍が負けるとは退却するだけでしょ」
「恥ずかしい話ですが、そうです」
「司令官であるあなたの命令が適切だと言うことです。不利になれば、引けばいいのです。あなたはそれを守っておられる。だから、全滅は避けられている」
「しかし、毎回なので、風当たりが強いのですよ」
「ここに部隊を進撃させることが、そもそも無理なのです」
「それは方面軍の命令なので、従うより他ありません」
「では、損害を出してでも引かないほうがよろしいでしょうか?」
「それは困ります」
「あなたは部下思いだ。それだけのことです」
「戦い方が古いのではないかと思うのです」
「はあ?」
「違った戦術が必要かと。それで、あなたをお呼びしたのです」
「結果的にはこの陣を守り抜けばいいのでしょか?」
「そうです。引かないで、死守を」
「ここだけ守り切ったとしても、他の陣地が突破されれば、ここも時間の問題になりますよ」
「いつも、ここが一番先に落ちるのです」
「それはあなたが退却を命じるからでしょ」
「はい。早い目に」
「だから、それでいいのじゃありませんか」
「いつも一番先に逃げる部隊では気が重いのですよ。せめて二番目に逃げるような」
「方面軍の命令は死守ですか?」
「いえ、攻撃せよです」
「できますか?」
「できるような状況ではありません。守るだけで一杯です」
「二番目に逃げるとなると、一番目よりも被害は出ますよ。どうせ引くのでしょ。だったら最初から引かれてはいかがですか?」
「それができればいいのですが。あ、攻めて来ます」
「本当だ。戦車隊ですね」
「射程距離に入ります」
「いつもどうしているのです?」
「弾が飛んでくる前に逃げています」
「そ、それは早いですねえ」
「そろそろです。退却命令を出します」
「それは一番になるはずだ」
 
   了

 


2007年01月20日

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