小説 川崎サイト

 

 

「この雨では何ともなりませんなあ」
「降るとは思いませんでした」
「この雨、にわか雨ではなく、降りそうな空模様でしたよ」
「でも日差しも出ていたので、雲は多かったですが、何とか持つとは。むしろ回復するのではと」
「あの雲は降る雲でしたよ。私は分かっていましたからね。そのうち降るかもしれないと。だから、にわかに急にいきなり降り出した雨とは言いがたい」
「はい」
「それで私は降り出したとき、まだ小雨以下でしたが、傘を差しました。持って出ていたのです。用心がいいでしょ。せっかく持ち出したのだから、差さねば損だ。小雨とは言え、濡れますからね」
「その程度で済めばよかったのですが、そのあと」
「そうなんです。急に風が吹き出し、ドバーと来ましたなあ。傘は風であおられ、非常に重いものを片手で握っているようなもの。軽い傘なのに重い重い」
「私はそのときずぶ濡れになりました。滝行のように」
「滝がなくても行ができる。そういうことではないでしょうが」
「いえ、何か背筋が伸び、シャキッとしました。まるで覚醒したかのように。だから雨で叩かれているとき、意外と気持ちがよかったです」
「横殴りの雨でしょ」
「そこが滝行と違います。真上からの水ではなく横から、しかも風も加わりますので、難度は高い。厳しかったです」
「その風が曲者でしてね。かなり強い風を何度も傘で受けましたが、よく受け切れたものだと思いますよ。よくやっている自分を褒めたかった。しかし、屋根のある寸前のところで松茸になりました」
「傘が開いたのですね」
「初めから開いています。それ以上に上へ窄んだ。ちょうど垂らしていた長髪が全部上に上がった感じです」
「逆立ちしたような」
「そうです。さらに傘の骨は折れたり曲がりませんが、布地から外れました。だから折れたのではなく、骨が外れた」
「どうなりました」
「幸い屋根の下にサッと入り、骨の先を、ぐっと突き刺し、角度を直しました。それで、元通りになりました」
「骨折り損ではなく」
「損はしていませんが、得もしておりません。しかし差せない傘だと捨てないといけない。そしてまた買わないといけません。出費です。だから損になるところでした」
「それはよかったですねえ。傘のおかげで、それほど濡れていませんしね。私なんて下まで濡れてしまいましたよ」
「いや、風を受けるため、傘を前に出しすぎたので、背中が濡れました。これは下までいっているでしょ。しかし背中だけなのが幸い」
「やはり傘は必要ですねえ」
「そういうことです」
 
   了


2024年6月5日

 

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